東京国立近代美術館「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展覧会レビュー

LIFULL HOME'S PRESS

東京国立近代美術館「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展覧会レビューの記事画像

ローマ、ロンドンでも好評を博した日本の戦後住宅展が凱旋


東京国立近代美術館で2017年7月19日から開催中の展覧会『日本の家 1945年以降の建築と暮らし』。2016年11月にローマのMAXXI国立21世紀美術館、2017年3月にロンドンのバービカン・センターを巡回し、それぞれ6万8000人、8万7000人を動員した。

企画に携わった学芸員の保坂健二朗氏は次のように語る。「欧米では、建築家の仕事の中心は公共建築です。対して日本では、決して富豪とはいえない個人のために、建築家が多くの住宅を建てている。その作品の多様性が注目を集めたようです」

本展が取り上げるのは、戦争が終わった1945年から開催前年の2015年までに建てられた住宅75件。56組の建築家が登場するが、主人公はあくまで「建築=家=住宅」だ、と保坂氏は言う。その家を、単純な時系列ではなく13のテーマ(系譜)に分類して展示する。これからの「日本の家」を考える上で重要と見たテーマだ。おのおのの主旨については、保坂氏と本展のチーフ・アドバイザーである建築家の塚本由晴氏が展示コーナーごとに解説文を寄せている。会場構成も、塚本氏が貝島桃代氏と共同主宰するアトリエ・ワンが手掛けた。


東京・竹橋の東京国立近代美術館



多様な視点から選ばれた13のテーマに沿った展示


最初のテーマは「1 日本的なるもの」。寝殿造りを近代建築の手法で再構築した、とされる丹下健三の自邸(1953年)が象徴的だ。生田勉「栗の木のある家」(1956年)、白井晟一「呉羽の舎」(1965年)など、いずれも昭和の作品が、モノクロームの端正な建築写真で示される。中で異色に感じられたのは、終戦後、アメリカから日本に戻ったアントニン・レーモンドの自邸(1951年)。庭と地続きのテラスにテーブルを置いて食事する様子は、外国人建築家だからこその「日本」の表現なのだろうか。

「2 プロトタイプと大量生産」は、建築家と、日本独特の産業といえる「ハウスメーカー」によるシステマチックな家づくりの探求。前川國男のプレモス(1946-1951年)をはじめ、増沢洵「最小限住居(自邸)」(1952年)、「セキスイハイムM1」(1970年)、難波和彦+界工作舎による「箱の家」シリーズ(1995年-)から無印良品の家への展開などが取り上げられる。終戦直後から高度経済成長期、ポストバブル期までの流れを追う映像が分かりやすい。

一転して、「3 土のようなコンクリート」が扱うのは、土や樹木など自然物の延長としてのコンクリートを用いた住宅。ここには平滑な表面のコンクリート打ち放しで知られる安藤忠雄作品は含まれず、ざらざらとした型枠のあとが残る東孝光「塔の家(自邸)」(1966年)や吉村順三「軽井沢の山荘」(1963年)など1950-70年代の4作品が集められている。それぞれ、設計当時の模型も味わい深い。

「4 住宅は芸術である」は、建築家・篠原一男の言葉。篠原の「白の家」(1966年)、「谷川さんの住宅」(1974年)など4作品の写真展示に加え、「上原通りの住宅」(1976年)の住まい手へのインタビュー動画が上映されている。むき出しのコンクリートの斜材が立ちはだかる住空間と、いとも自然に向き合って暮らす、住まい手の言葉が印象に残る。


展示風景。上左から「1 日本的なるもの」「2 プロトタイプと大量生産」下左から「3 土のようなコンクリート」「4 住宅は芸術である」



年代を隔てて並置された住宅同士の関係


「5 閉鎖から開放へ」は、伊東豊雄と坂本一成という同世代の2人の建築家の4つの作品を時代ごとに並べて見せる。1970-80年にかけて、時代を反映し、それぞれに自己批評を重ねながらも、閉鎖から開放へと向かう、2人の作品展開のシンクロぶりに驚かされる。

「6 遊戯性」では、1970年代の毛綱毅曠「反住器」や山下和正「顔の家」などと、2008年の藤本壮介「House N」、2013年の柄沢祐輔「s-house」が並ぶ。少し飛んで「11 感覚的な空間」も、1970年代の伊東豊雄や長谷川逸子の作品と2000年代の妹島和世や中山英之の作品が並置される。2つの抽象性を帯びたテーマの作品が、同じように時代を隔てて並ぶのが興味深い。

「7 新しい土着:暮らしのエコロジー」は、楽しい展示だ。子馬と暮らすための家「ポニー・ガーデン」(アトリエ・ワン、2008年)、屋根の上にキッチンやシャワーをしつらえた「屋根の家」(手塚建築研究所、2001年)、光のインスタレーションのような「光の矩形」(五十嵐淳、2007年)など、ひとつひとつユニークな試みが並ぶ。

住宅のテーマとして欠かせないのは「8 家族を批評する」だろう。夫婦を中心に据える菊竹清訓「スカイハウス」(1958年)、女性オーナーのための「ホシカワ・キュービクルズ」(黒沢隆、1977年)、個人の単位を強調する「岡山の住宅」(山本理顕、1992年)、住居とオフィスが相互干渉するアトリエ・ワンの自邸兼オフィス(2005年)など、時代の変遷にもリンクする多様な家族のありかたが、住宅の形態に反映されている。

「9 脱市場経済」で取り上げられるのは、3つの特異な家だ。住まい手自身がつくり、今もつくり続けている「開拓者の家」(石山修武、1986年)と「蟻鱒鳶ル」(岡啓輔、2005年-)は、「セルフビルド」の一言では片付けられない独特の生命感を放つ。もうひとつの「『ゼンカイ』ハウス」(宮本佳明、1997年)は、阪神大震災によって全壊判定を受けた住宅の修復。小さな木造戸建てを貫く太い鉄骨の補強は、将来の増築を視野に入れたものという。

「9」とは対照的に「10 さまざまな軽さ」は、「細さ」や「薄さ」、浮遊感や透け感が際立つ住宅群で、最初期の鉄骨住宅とされる広瀬鎌二「SH-1」(1953年)から、ファサードにほとんど外壁が現れない西沢立衛「Garden & House」(2013年)まで、幅広い時代の作品が取り上げられる。

「12 町家:まちをつくる家」と「13 すきまの再構築」は、どちらも住宅密集地における家と街並みの関係を示す。安藤忠雄の出世作「住吉の長屋」(1976年)からアトリエ・ワンの「スプリットまちや」(2010年)まで、「町家」はさまざまな展開を生んできた。一方で西沢大良「大田のハウス」(1998年)、西沢立衛「森山邸」(2005年)などは、家を建てることによって、街に新たな「すきま」をつくり、周囲の通りとつながっていく。

建築に長く関心を寄せてきた人には見覚えのある作品も多いだろうが、それらが時代を隔てて組み合わされ、並置されることで、思いがけない発見が得られる。住まい手のインタビューなどヴィデオ展示も楽しい。時間に余裕を持って訪れることをお薦めしたい。


5番から13番までの展示はゆるやかに仕切られながら連環する。このエリアは撮影可。



東京展では清家清「斎藤助教授の家」の再現展示(部分)も


なお、東京展では特別に、清家清による住宅建築の名作「斎藤助教授の家」(1952年、現存せず)の原寸大模型(部分)が制作・展示されている。食事室や居間、縁側から大開口へと流れるような空間が特徴の住宅だ。内部に置かれたレプリカの椅子に腰掛けて、その居心地をゆっくり味わうこともできる。

会期は2017年10月29日(日)まで。観覧料金は一般1200円・大学生800円(税込み)。21時まで開館する金曜・土曜には「5時から割引き」、使用済み入場券で特別料金が適用される「リピーター割引き」などの特典も用意されている。

詳細は東京国立近代美術館HPを参照されたい。 

■東京国立近代美術館HP
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/the-japanese-house/


清家清設計「斎藤助教授の家」(1952年)の原寸大模型(部分)。詳細図もカラー写真も残っていない「竣工時」の状態を再現するため、わずかな資料を手がかりに制作した



[関連記事]
前川國男の初期の大作「岡山県庁舎」に見る、戦後民主主義の理想
解体か、再生か。著名な建築物の運命は? ~中銀カプセルタワービル(東京・銀座)~
家に家族を合わせるか、家族に合う家をつくるか。「建築家と建てる家」の本当のこと
アジア建築賞ファイナリストが建てる"町並みの新しい記憶"となる家とは
「戦後日本住宅伝説」~埼玉県立近代美術館企画展を訪れて

出発:

到着:

日付:

時間:

test