“白壁の街”倉敷で民家再生を街区再生に拡げる、 建築家・楢村徹さんのまちづくり

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“白壁の街”倉敷で民家再生を街区再生に拡げる、 建築家・楢村徹さんのまちづくりの記事画像

「1年に1軒でも30年なら30軒」。地道な民家再生が通りの景観を変えた


今年設立30周年を迎えた岡山「古民家再生工房」のメンバー、楢村徹さんは、ここ10年ほど、地元・倉敷のまちづくりに取り組んでいる。2010年度から13年度までは市の「中心市街地活性化事業」でタウンマネージャーも務めた。楢村さんは「本当は、まちづくりに興味はなかった」と笑うが、官の事業が始まる前から、古民家再生によってまちづくりを実践してきたともいえる。


倉敷は、白壁の街並みが残る「美観地区」で広く知られ、全国から観光客が集まる。しかし、大原美術館や倉敷考古館などがある倉敷川沿いを除けば、人通りがまばらな時期が続いた。中でも、小規模な民家が建ち並ぶ旧街道沿いは、道幅が狭く駐車場がつくれないため、住民が郊外に流出し、空洞化が進んでいた。

楢村さんは、古民家再生工房を結成した30年前から、旧街道を中心に地道に古民家再生に取り組んできた。たとえば、老舗の吉井旅館では、営業を続けながら、1部屋単位で改修を進めている。「地元に拠点を置いているからこそできることです」と楢村さんは言う。「1年に1軒再生するだけでも、30年続ければ30軒になる。通りの2割が変われば、街並みは変わります」。すでに旧街道沿いの民家の3割ほどに楢村さんの手が加わっている。特徴ある新しい店舗が増え、国内外からの観光客がにぎやかに行き交うようになった。


左上・右上/倉敷・旧街道沿いの老舗呉服店「はしまや」。店舗の背後には約750坪の敷地があり、江戸時代から明治、大正、昭和と様々な時代の建物が残る。楢村徹さんは1997年から段階的に再生改修を行ってきた。一角に楢村さんの事務所もある 左下/通りの向かいには駐車場を改装した「トラットリアはしまや」がある 右下/旧街道(本町通り)。道の左側、手前から2軒目が、楢村さんが長く改修に携わる「吉井旅館」



道路面だけでなく、奥行きの深い敷地全体の再生活用に挑む


旧街道沿いの民家は、間口に対して奥行きが深いところに課題を抱えていた。道路に面した部分は良好に保たれているように見えても、敷地の奥に使われなくなった建物が放置されている例が多いという。持ち主が市外に転出してしまったり、跡継ぎがいなくなったり、商売替えしたりと、事情はさまざまだが、そのままでは、いずれ維持できなくなる可能性が高い。

「そうかといって、持ち主にただ保存しろというのは無理な話。そこで、補助金も利用しながら、再生活用できる“仕組み”づくりから始めました」

今年3月にオープンした「クラシキクラフトワークビレッジ」はその1例だ。築180年ほどの古民家を改修し、6つのテナントが入る複合施設に生まれ変わらせた。道路面の町家は残しつつ、敷地奥の傷んだ建物は取り壊して3棟の平屋を新築。路地と広場を設けることで、人々を旧街道から敷地内に招き入れる。コンセプトは「つくっているところが見える、工房のある店舗群」。古民家部分に茶室を設けるなど、日本の伝統文化を体験できるスペースもある。楢村さんは、改修設計だけでなく、事業計画の立案からコンセプトづくり、テナント誘致にまでかかわった。


クラシキクラフトワークビレッジの中庭広場に立つ楢村さん。魅力的な路地を設けることで、街道から敷地の奥まで人の流れを呼び込んだ



敷地内に路地を巡らせ、相互をつないで回遊性を高める


年間約30万人を集客するという「林源十郎商店」は、長く空き家だった薬品会社の建物を改修したものだ。「クラシキクラフトワークビレッジ」よりも規模が大きく、敷地内には木造3階建ての本館のほか、住居や離れ、蔵が残っていた。楢村さんは4棟すべてを改修、現在は「生活デザインミュージアム倉敷」をはじめ8店舗が入る。

「林源十郎商店」の特徴は、広い敷地の中に路地を巡らせているだけでなく、その路地に行き止まりがなく、街とつながっていることだ。旧街道側だけでなく、裏手にある市営の施設「倉敷物語館」にも通り抜けられるようにした。

さらに、「倉敷物語館」の先にもうひとつ、楢村さんが8年がかりで再生を続ける「奈良萬の小路」がある。もともと美しい路地で知られていたが、近年廃業した旅館「奈良萬」と、その一帯の再整備だ。楢村さんは「食の広場」というコンセプトを掲げ、路地周辺にイタリアンレストランやラーメン店などを入居させた。しかし、再生はまだ道半ば。「路地から表通りまで、敷地をまたいで徐々に改修を進め、ゆくゆくはもっと広範囲に行き来できるようにする計画です」。

3つの街区「林源十郎商店」「倉敷物語館」「奈良萬の小路」が、それぞれ路地を内包しながら、互いにつながったことで、道行く人は周辺を自由に回遊できるようになった。見棄てられかけていた“敷地の奥”が息を吹き返し、街に奥行きと深みを与えている。「従来の街並み形成は“通り”に限られがちだったが、倉敷では“面”の再開発が実現しつつある」と楢村さんは胸を張る。


左上/「林源十郎商店」本館 右上/「林源十郎商店」敷地内の路地。奥にある離れと蔵にはデニムの店舗、右奥にある旧住居にはピッツェリアが入居している。この路地を通って、隣地の「倉敷物語館」に抜けられる 左下/「倉敷物語館」。右手奥に見える蔵は「林源十郎商店」 右下/「奈良萬の小路」。路地の右側に楢村さんの改修の手が入り、飲食店6店舗が入居している



古さを活かし新しさを加える。時間が重層する景観が倉敷らしさ


倉敷の街並みのおもしろさは、その重層性にある。江戸時代から続く白壁の街並みだけでなく、明治時代の赤レンガ建築「アイビースクエア」、大正時代の洋風建築「倉敷館」、ギリシャ神殿風の「大原美術館」など、さまざまな時代・様式の建築が隣り合って建つ。そこには、戦火に焼かれなかった幸運もあるが、“倉敷紡績”を設立した実業家、大原家代々の功績も大きい。大原美術館の本館を設計した薬師寺主計や、分館を手掛けた浦辺鎮太郎などの建築家を起用して、次々に新しい建物をつくり、地域の文化振興に貢献した。

倉敷で生まれ育った楢村さんにも、その精神は受け継がれている。「古いものは大事に残していきたいけれど、それだけでは街の活気は失われてしまう。古民家ばかりが並んでいる風景なんて不自然でしょう。その時代その時代の最先端を足していくことで、いきいきとした街並みが維持できるんです」

倉敷にしかない歴史と地域性を活かし、新しい文化と経済を導入して次世代に継承する。「独自性を追求すれば、日本一になれます」。楢村さんのまちづくりは、これからも続く。


左上/路地を挟んで古典様式の石造り風の壁と伝統的な町家の塀が向かい合い、正面にギリシア神殿風のファサード(大原美術館本館)が見える、倉敷ならではの景色 右上/美観地区の中心、倉敷川沿いのエリア。写真左手の緑がかった屋根の建物は大原家の旧別邸「有隣荘」 左下/写真左側の「倉敷館(観光案内所)」は大正時代に役場として建てられた洋風の木造建築。正面奥には江戸時代の蔵を改装した「倉敷考古館」がある  右下/楢村さんが築100年ほどの民家を再生した「クラシキ庭苑」。ここでも敷地の奥に路地を引き込んだ。土産物店や観光客向けの飲食店ではなく、カフェやバーを誘致して地元の人も楽しめる場所にしている



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