登録有形文化財か音楽フェス会場に!文化財ロックをはしめた理由とは?

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群馬×文化財×音楽のフェス!


群馬県にある「片山家」は、文化庁の「登録有形文化財(建造物)」に指定されている。「主屋」「長屋門」「北の蔵」「南の蔵」「井戸屋」「下の便所」の6棟の建物が登録有形文化財に登録されていおり、一番古い「主屋・長屋門」は明治6年頃に建てられたといわれ、母屋の1階の建坪だけでおよそ310平米もある大きな民家だ。

この片山家を会場にしておこなわれる野外フェスが、「文化財ロック」だ。元々は、この家で生まれ育った片山昇平氏、洋平氏兄弟が文化財となった実家を知ってもらうキッカケ作りとしてBBQを開催したことからスタートした。現在は会場となる片山家を通じて、県内のアーティストやブランド、酒蔵など、多数の出展者を絡めたフェスとして毎年成長を続けている。
当日は東京からのシャトルバスも用意され、来場者の8割は東京からやってくるということからも、このフェスの熱さがうかがえる。


養蚕農家の民家だった片山家。母屋2階の蚕を育てていた巨大な部屋で、様々なステージが行われる



家で過ごすように自由な楽しみ方を


主催者の片山昇平氏はこの家で生まれ育ち、進学のため上京後、東京の会社に就職。現在は実家と東京の二拠点生活だが、文化財ロックを開始したのは社会人2年目の時。東京の友人もたくさん来るので、ただの地方のイベントではなく、感度の高い東京の人にも受け入れられるフェスにしたいと思った。音楽や出演アーティスト、食事、出店ブランドにいたるまで、片山氏の感性に響くかを大事に、このフェス作りの基準にしているという。

「文化財ロックは家が会場なので、自分の家や実家にいるみたいに、好きなことをして楽しんでほしいです。誰が何をしていてもよくて、ライブを見ている人もいれば、芝生でお酒を飲んでいる人もいたり、座敷で寝ている人もいる。居間では父親と母親がお茶を飲んでいたりと、家族みたいな感じです。文化財に興味がある人もいれば、ただ楽しいからと来てくれる人もいる。建築に興味のない人にも関心を持って欲しいという思いがあるので、どちらの人が来ても大歓迎です。」


左上:居間でウクレレの練習をしたりご飯を食べる人 右上:上原菜摘氏によるライブペイント 右下:蔵にできたDJブース 左下:縁側でくつろぐ人たち



文化財を維持していく大変さ


それではどうして家を知ってもらいたいと思うようになったのか。

「小さい時から、家が地元小学校の教科書に載っていたりして、地元では有名でした。立派な家に住んでいるからと、小学校のときに大臣とあだ名で呼ばれていたこともありました。」と片山氏は笑う。しかし古い家を維持する苦労は、普通の住宅のそれとは比にならないそうだ。

「庭木の掃除から家の修繕など、親を見ていて家を維持するのは大変そうだと感じていました。自分が高校生の時にやっと有形文化財に指定されても、築150年の古い家にはほとんど関係のない家屋の固定資産税だけが半分になるなど、十分な援助は感じられず、本当にこの建物を残す気はあるのか年齢を重ね、家の現状を知るにつれて、もやもやした気持ちを抱くようになりました。」そんな思いから、この家をもっとたくさんの人に知ってもらうにはどうしたらよいかを考え始めるようになったという。

家の維持について、昇平氏の父、片山英弥氏にも話を伺った。
「築150年の木造建築物だから、常に家の修繕をしてきましたね。例えば柱がシロアリに食われたり腐ったりしたら、その傷んでいる部分だけを取り除いて補強しなければならない。まるごと新しいものに取り替えることはできないですから。うちは3代前から、うちのおじいさんと大工さんがずっと後を継いできているから、ちょっとした修繕でも気軽に頼みやすい環境にあります。」


右から片山昇平氏、兄 片山洋平氏、父 片山英弥氏



見られることがモチベーションに


古い家は通気性が良く、建物には良いが、人が住むには夏は暑くて冬は寒いのだという。

新しく建て直したいと思ったことかないか英弥氏に尋ねると、「家を建てた時は、100年、200年ともたせるつもりで建てたはずです。でも実際は、長い年月にわたって、木造の家を維持することは難しい。良い材料を使って贅沢ができる財力があったからこそ、建てることができた家ですからね。自分は生まれた時からこの家で育ったので、ここに暮らすことは普通のことでした。」と語った。

英弥氏が小さい頃にも既に有名な家だったので、人の訪問は多かったそうだ。群馬県の視察に来た企業が家を見に来たり、文化財なので「見せてください」と一般の人が来ることもよくあるという。中には現在も人が住んでいるとは思わず、入ってきてビックリされることもあるそうだ。英弥氏は言う。「色んな人に見られているから、みすぼらしい姿は見せたくないな、傷んでいたら直そう。という力が働くのですね。人が来てくれるから守れるというのはあります。」

木造住宅なので怖いのは火だ。幸い戦争の戦火も市中心地から離れていたので免れたが、今心配なのは落雷だそう。
「群馬県は落雷の発生率が高いので避雷針を建てたいが、高い設置費用がかかります。補助金がでないか一度市に相談に行ったら色々調べてくれて、その結果、個人の所有物に税金を使うことはできないという答えをもらいました。重要文化財になったら補助金はもらえるそうですが、そうなると今度は修理にも届け出が必要で、所有者の独断で建造物に手を入れることはできなくなります。話を聞くと、住まいが重要文化財になると、敷地内に小さい別邸を建てたり、別の場所に移り住んだりするケースが多いようです。」

最後に英弥氏はこう話してくれた。「先代がずっとやってきたやり方がこれからの時代に合うとも限らない。これからは次の世代に任せたいと思います。」


庭から母屋を眺める。貫禄のあるたたずまい



若者カルチャーにフィットした次の世代へ


昇平氏はそんな父親がやってきたことに対し現状維持はもちろん、時代や世代を超えて発信していく方法を考えた。
「文化財に興味がある人は自ら足を運ぶだろうが、まったく興味のない人を振り向かせるには、僕ら世代の若者カルチャーにフィットしている必要があると思いました。意図を持って発信しても100%伝わることはなく、受け取り方は個人次第です。だからどんな人が来てくれてもいいと思うんです。」と言う。

それでも毎年続けていると少しずつ、このイベントが認知されてきたことを感じられるようになった。これからの文化財ロックはどうなっていくのか。
「これからは、全国の文化財で文化財ロックを開催してもいいと思っています。色んな文化財やまちを使ってもいいし、うちみたいに文化財に登録されたけどそれまでと何も変わらずやきもきしたり、同じ境遇の人の人もいるんじゃないかとも思います。音楽フェスはたくさんありますが、今あるフェスはアーティストが人を呼んでいるのであって、フェスの意図や本当に場所に根付いた企画を展開し、発信して、人を呼んでいるものはあまりないと思うんです。文化財ロックはそんなフェスになりたいです。」

そんな片山氏の渾身の文化財ロック。楽しい時間を共有することで、その場所も人の記憶に強く残ることになるだろう。Facebookページから参加申込みを受け付けているので、興味のある方は参加してみてはいかがだろうか。

https://www.facebook.com/bunkazai.rock/


文化財ロックの参加者全員で集合写真を撮る



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