沖縄移住。デザイナーからパイナップル農家へ転身した先輩移住者に聞く”移住に大切な事”

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夫婦2人で沖縄・名護に移住、現在はご両親を呼び寄せて近居を実現


移住者に人気の高い「沖縄」。そんな沖縄の北部名護の地に東京から10年以上も前に移住をしたご夫婦がいる。当時、ご夫婦2人きりでの移住だったが、今ではお子さん2人が誕生し、奥様のご両親を呼び寄せての近居を実現。

ご主人は夢であった農園を立ち上げ、季節になるとパイナップルを出荷し、今では県外にファンも多い。奥様はといえば、おしゃれなお弁当やさんを開店し、手作りのお母さんの味を提供している。

もちろん、ここまで来るまでに苦労もある。特に地域とのつながりが強い沖縄で、県外からの移住者が農地を借りるというのはハードルが高い。果たして山田ご夫婦はどのように地域に受け入れられてきたのだろうか。移住の際の準備や心構えとは? 今回は、先輩移住者として「山田農園」とおかずとおべんとうの店「Makai421」を営む、沖縄名護市の山田ご夫妻を訪ねてきた。


東京から沖縄・名護に移住をした山田安彦・康子ご夫妻と奥様のお父様。お孫さんに会いたくて移住を実現。現在では、「Makai421」のお店を切り盛りし、人気メニューの大学芋や牛スジ煮込みはお父様が腕を振るう



必要なのは、準備よりも心意気!?


山田ご夫妻は、元々はお二人とも広告業界のDTPデザイナー。東京で忙しい毎日を送っていたが、特に安彦さんには昔から「土に触れる生活がしたいと農業への従事と、海外で暮らす」夢があったという。奥様の康子さんも安彦さんの夢に賛同し、結婚から数年目の2004年に移住を決断。海外というのはさすがに子育ての面でも不安があったため、安彦さんにとって日本で一番外国のイメージに近かった沖縄を移住地の候補に挙げた。

その沖縄の中でもまた、沖縄北部の大宜味村でパイナップル農園を開いていた知人を頼り、移住地を沖縄北部に絞ったという。

「大宜味で農園の技術を学ぼうと決めたものの、困ったのはまず住居でした。移住当初は意気込みもあり畑近くの大宜味村に住もうと決めていましたが、車の免許のなかった妻のことも含め『東京の生活からいきなり大宜味村での生活はギャップがありすぎる、まずは買い物にも困らない名護に住むのがいいのでは』と言う友人のアドバイスにより名護に住居を構えることにしました」(安彦さん)

手頃のアパートを見つけて名護の地に移住した山田夫妻だが、農業や農園の世界はやりたいからといって、簡単に従事できるものではない。経験と技術がいるのはもちろんのこと、生計を立てるには相当の規模で展開しないとならない。安彦さんは、まずは友人のパイナップル農園で手伝わせてもらう傍ら、生計を立てるためと観光客の嗜好や動向を肌で感じようとリゾートホテルのボーイとして働いたそうだ。

移住となると、それこそ念入りに移住地を探し、何度も足を運び下調べをするのが常識と思われているが、実は実際に移住をしている方々というのは、割と数回の下見で決めてしまうという。この傾向をみていると、もちろん下調べは重要だが、それよりも移住先でなんとしてでもやっていこうという心意気の方が必要な気がしてくる。

「僕たちが沖縄に移住を決めるために、この地を訪れたのは4回。もちろん、色々情報を探ったりはしましたが、勢いで来た部分もあります。ただ、東京を発つときに『行き詰まったら東京に帰ってこいよ』と言われていたんですけど、僕自身はもう戻らないつもりで移住をしました。そんな簡単に帰れる気持ちで行くわけにいかない。特に農業という目標があったので、形になるまでは時間がかかると思っていました。移住に必要なのは、そういうある種の覚悟なのかもしれません」(安彦さん)


現在は、パイナップル農園のほかにも畑を借りうけ、野菜づくりも手掛けている安彦さん



結果を出すには、地道な努力


その後、安彦さんは着実にパイナップル農園と畑で野菜を育て専業するまでに実力をつけていった。2015年からは大宜見のパイナップル農園だけでなく畑を拡充するために、名護の屋部という地域に引越しも行った。聞けばこの辺りは、地元のつながりが強い地域。普通であれば移住者が農地や畑を借りることは難しいのだが、移住してから地道に地元の方々との信頼関係をつむぐことでこの地への移転を実現している。

「移住して数年経っていたとしても、移住者が畑を借りるのはなかなか難しいのが現実。都会で暮らすよりも物事が人と人の信頼で動くからです。僕自身も子供も生まれ地域の大切さは一層感じていましたので、共同作業や草刈り、お祭りなどには積極的に参加をしていました。結果的にはそうした普段の地元の方とのつながりが功を奏し、少しずつ信頼いただけるようになって、今回の屋部の畑も地元の方のご紹介で借りることができたのです」(安彦さん)

また、この屋部への引っ越しをきっかけに、奥様の康子さんは、借り受けた一軒家の1Fを改装し、畑で育った青果では出せない規格外の野菜を使った加工品やおかず・お弁当を作り、イートインスペースを設けたおかずとお弁当のお店「Makai421」を開店させた。

「料理はまったくの素人だったので、飽きのこないお母さんが作る家庭の味を提供することで、せっかく育てたパインや野菜も無駄にしないようなお弁当メニューを一生懸命考えました」(康子さん)

沖縄は何か行事がある度に親戚一同集まるためオードブル需要がとても多く、開店当初は視野に入れていなかったオードブルも作ることに。他とは違った自家農園と地域で穫れた野菜をたっぷり使ったヘルシーで見た目の彩りにも気を配ったオードブルは看板メニューとなった。


山田農園さんのパイナップルのメイン品種は「ソフトタッチ(ピーチパイン)」。甘い香りと何よりもその瑞々しさが人気の秘密。出荷作業も到着時に合わせ食べごろを見計らって、細部に気配りを欠かさない



移住当初にはなかった創業プランを実現


始めは内職的な発想だったため、お店を出すのには勇気がいったという康子さんだが、行動派である。経済産業省中小企業庁より交付される「創業補助金」に応募し、見事採択されると補助率2/3以内の限度額をフルに交付してもらい、厨房費用やお店の改築費用を捻出。ただし、改築費用にそれほど予算をかけられないことから、配管や電気系統、壁のぶち抜きなどはプロに任せたが、ちょっとした大工仕事や店内の装飾はセルフリノベで作りあげている。

もとは倉庫だった「Makai421」の空間は壁面を白ペンキで塗装をし直し、ところどころ沖縄の海を連想させるブルーのアクセントを入れた。小上がりにはテーブルを置いてイートインできるスペースを。壁面の棚には家族や友人達が作るアクセサリーや雑貨やなどをディスプレイしている。

康子さんお気に入りの店舗入口のアンティークのドアは、ヨーロッパのアンティークヴィンテージ家具や雑貨を輸入販売している友人から購入したもの。「夢中で手と足を動かしているうちに、いろんな方に助けていただいて、なんとかお店も形になってしまった」という康子さんは、「そんな大層なことはしていません」と前置きした上で、ただ「移住で一番大事なのは柔軟性」と笑う。

「都会のスピードを当たり前としていたら、沖縄では驚くこともたくさんあります。例えばよく言われる“沖縄タイム”というのは事実、存在します。役所でさえ、移住当時に住民票を移すのに数時間かかったことには驚きましたから(笑)」(安彦さん)

「コミュニティの濃さや時間に対する概念が違うこと、すべて受け入れなければいけないと思ったら大変かもしれませんが、私は全部合わせる必要もないと思っています。できないことはできないし、違うと思うことは違う。でもここで生きていくんだと思えば、自然と沿っていくものですから。無理にこの場所に合わせようとしすぎる方が反発してしまうのではないでしょうか」(康子さん)


「Makai(マカイ)」は沖縄の方言で「お椀」の意味だとか。お店の改装はできるかぎりセルフリノベで対応し、アクセントのブルーの壁もご自身で塗装に挑戦。アンティークの入口(写真:左上)を開けると広々とした空間にオープンキッチン(写真左下)。小上がり席でイートインもできる(写真右上)。人気のオードブルメニューは、もちろん山田農園や地域の野菜がたっぷり



地域への恩返しを念頭に新たなネットワークづくりを実践


まだまだ、農園もお店も基盤づくりの段階で一層の努力が必要という山田ご夫妻だが、その努力の中身には、「地域のためにできること」を考えていく姿勢が自然と織り交ぜられている。というのも安彦さんは、新規就農者の出荷グループ「沖縄畑人(はるさー)くらぶ」で積極的に活動をしている。ここは、前職サラリーマン、職人、介護福祉士、デザイナー、システムエンジニアと様々なバックボーンを持つ新規就農者が集って2009年に発足したグループ。「栽培技術の向上に努め食える農家を目指す」「新規就農支援活動」「地域貢献」を柱に沖縄北部「やんばる」の地で持続可能な環境保全型農業に取り組んでいる。

「農業をしたい人、情熱を持った人は多いのですが、移住をして個人でとなるとなかなか難しい面もあります。また名護市には耕作放棄地も多いのも事実。そこで研修生を受け入れ、農業従事者をサポートしながら農地の再生を目指す活動をしています」(安彦さん)

沖縄畑人くらぶでは「やんばる畑人プロジェクト」も立ち上げ、畑人(一次産業)、飲食店(二次、三次産業)が共同でやんばるの食の魅力を発信し、また収穫体験やさまざまなイベントを通じて地域の活性化に努めている。

「子供たちにももっと土に触れてもらいたい。土に触れ、地域と触れ合う記憶というのは、目に見えてどうということではないですが、成長の段階で大切な原体験になる気がしています。沖縄という地域は歴史的にみても非常に過酷な歴史を持っている場所。この場所に移住をするということは、謙虚にならざるを得ない。私たちを受け入れてくれたこの場所と人々に、これから恩返しができればと思います」(安彦さん)

「やんばる畑人プロジェクト」のロゴは、安彦さんがデザインしたもの。昇り照らし沈み癒す太陽に、多くの作物を育む土、そして連なる山々や草木に、清廉な水や海の流れ「やんばるの自然」をモチーフにしている。ここに込められた願いは、やんばるで暮らす人々、引き寄せられて訪れる人々、個ではなく多くの人々が関わることで生まれる「大きな輪」の形成だ。移住者としてこの地域の輪に加わった山田さんは、今新たな輪を形成しようとしている。

■関連情報
山田農園

Makai421
https://www.facebook.com/makai421/

やんばる畑人プロジェクト
http://haruser.jp/pjstory.html


「子供たちにもっと土に触れてもらいたい」という安彦さん。やんばる畑人プロジェクトでは子供たちがやんばるの土や海に触れ合うイベントも企画されている。左上のロゴは安彦さんのデザインによる



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