鎌倉『甘夏民家』『雨ニモマケズ』。“旅する大家”が挑んだ、ひと味違う古民家再生とは

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ここは、古民家再生の難しさの縮図!?


鎌倉の長谷寺から徒歩5分、鎌倉最古の神社と言われる「甘縄神明宮」のすぐ隣に、築約80年の古民家を再生したシェアハウス・オフィス『甘夏民家』とカフェ『雨ニモマケズ』がある。

まだ新しく白さがまぶしい漆喰の壁に、おそらくこの家が建てられた頃のものであろう貫禄のある木戸が連なる。その門をくぐると、庭にはたわわに実をつける甘夏の木。そしてその景観を存分に楽しめるカフェのテラスが見える。テラスからは、文豪川端康成が暮らした邸宅の屋根ものぞめ、目の前の路地は人力車が通るほど鎌倉の情緒を色濃く残す界隈だ。

先ほど隣接すると書いた「甘縄神明宮」も観光名所ではないものの、行基の創草・北条時宗の産湯の井戸が残るほどの古社だ。今でこそ参道とこの古民家の敷地は分けられているが、かつてはこの古民家も神社境内の一部だったのではないかと思う。

そんな、歴史のロマンを感じさせる景観豊かなこの古民家だが、再生までには多くの課題が山積していたという。その難しさは「古民家再生の難しさの縮図」とオーナーの横山亨さんと奥様の孫鎬廷さんは振り返る。

実は横山さんは、20才から数年間にわたり世界放浪を繰り返した生粋のバックパッカー。インドで知り合った奥様との結婚を機に不動産会社に就職。旅を続けるための資金を日本で継続的に生み出すしくみとして大家業を目指し、独立後は「株式会社 Safari B Company」を立ち上げ“旅する大家”として、大家業に不動産コンサルタント兼プロデュサーを行ういわば不動産のプロ。現在自社物件6棟のリノベーションアパートメントや新築物件を自社管理している。そんな横山さんであっても古民家再生は難しかったという。

それでもなぜご夫妻は再生にこだわったのか。
今回は、シェアハウス・オフィス『甘夏民家』とカフェの『雨ニモマケズ』誕生の物語とともに、ご夫妻の物件オーナーとしての思いを紹介しよう。


鎌倉・長谷にある『甘夏民家』『雨ニモマケズ』。1軒の古民家の中にカフェとシェアハウス・オフィスが共存する。カフェ『雨ニモマケズ』のネーミングの由来は、難しかった古民家再生を進める際に、この言葉が支えてくれたからだそうだ



デンマーク製の机など、こだわりの個室空間


『甘夏民家』は、シェアハウスといってもイベントや過度なコミュニティ形成を一切演出しない。とてもプライベート空間を大切にした大人のためのシェアハウスと言っていいだろう。古民家の趣を骨格として残しながら、内装はフルリノベーションされ、どこか外国を思わせるシンプルながらもモダンな空間。

家具も「本物に触れてほしい」というオーナーのこだわりから、全部屋にデンマークの職人が作るウッド机に有名デザイナーのヴィンテージチェアとヴィンテージ照明、中にはノルウェー製の木製ベットがある部屋も。そして壁紙ですらフランスやイギリスの60年代のアンティークと妥協がない。9室の個室があるというが、一度住んだ人はここが転機になる人が多いという。また、退去した方々も、カフェ『雨ニモマケズ』に繰り返し来てくれると言う。それは、オーナーご夫妻が採算だけに捕らわれず、人が暮らしやすい空間づくりに徹しているからだ。

「シェアハウスというと、単に広い空間を薄い壁で区切って個室にしたような物件もあります。これまで大家業をしてきていますので、騒音などトラブルの要素はよく分かっています。リノベーションの際には断熱材をふんだんに入れ、個室の壁も2重ボードにし、2重の防音シートを入れています。さらに各部屋に洗面台も設けました」(横山さん)

もともと断熱や防音性に乏しい古民家だけに、これだけのインフラを整えると当然ながらコストもかかる。土地から含めるとこの古民家再生は予算が大変だという。実は横山さん、もともとここでシェアハウスをする予定はなかったそうだ。約4年前にノルウェーで出会ったコーヒーに感銘を受け、自宅・オフィス兼カフェを開きたくて土地を探していた時にこの古民家と出会ったという。

「古民家再生は本当に難しいのは分かっていました。一般的に古民家は敷地が広く、土地の費用などを含めるとかなりの金額が必要になります。その資金を銀行から調達するためには、カフェだけの運営では納得してもらえない。融資を受けるには、耐用年数が重要です。しかし古民家は古過ぎて耐用年数はない。そうなると古民家を壊して新築を建てることになる。試行錯誤の末、最終的にシェアハウスが古民家を残す最善の方法ではないかと、結論に至りました。
ただし、古民家は開けてみたら土台が腐っていた、そんなこともあるので手を入れてシェアハウスにするには相当コストもかかります。それでも、この家は私たちが購入しなければ取り壊され、切り売りされる可能性があったのです。それを思うと忍びなく、どうしてもこの景観やこの家を残したいと思いました」


防音・断熱対策が十分に施され、海外の職人の手作り家具が並ぶ個室(右上)。共有スペースのキッチン・ダイニングの家具や食器もこだわりのものが並ぶ(右下)。壁紙もこだわり、フランスやイギリスの60´Sのアンティーク品を輸入している



収益性だけを考えた大家業はトラブル続き


古民家再生の厳しさは予測していたというが、蓋を開ければ予想以上に家屋の痛みが目立ち、基礎工事の費用は大幅にかさんだという。それでも、心地よい空間づくりのために海外の職人がつくる家具や食器一つをとってもこだわり抜いたのは、これまでの大家業で感じたことが多かったからだと奥様の孫鎬廷さんは次のように語ってくれた。

「結婚当初、大家業を始める資金のために家賃の安いアパートで過ごしたことがありました。その時に給湯器が壊れたのですが、大家さんはすぐに給湯器を直してくれませんでした。冬で寒くてすごく心細かった。私たちが物件を持ったときにはそういう大家にはなりたくないと思ったのです」

ただし、そう思っていた横山夫妻も、実際に大家業をスタートさせると、修繕を怠ることはもちろんないものの、まだまだ物件を“投資”としか捉えられていなかったという。

「やっぱり物件の収益性だけに囚われていたんでしょうね。本当に暮らしやすい人が住む空間をつくらなきゃいけないんだ。そう気が付くまでに大家業ではあらゆるトラブルが発生しました」(横山さん)

当初、横山さんの運営物件では、家賃滞納から夜逃げに孤独死、これでもかとトラブルが続出したという。そこで横山さんが感じたことは、「収益性ではない、空間づくり」を大切にすることだった。毎週物件の掃除に出かけ、敷地内に花を植え、こまめに掃除をし、台風がくるといえば事前に見回りをした。気持ちのよい空間にできるように少しでも努力をしたそうだ。そのうちに不思議とトラブルはなくなっていったという。


カフェの内装も横山さんが一つひとつじっくり選択したほか、風の流れや採光なども十分に計算されている



古民家再生シェアハウスの成功例に!


だからこそ、『甘夏民家』と『雨ニモマケズ』にもオーナーご夫妻は手をかけている。庭の造園にしても大きなところはプロの手を借りたが、普段の手入れや草むしりなどは毎日泥だらけになりながら自分たちで手を動かしたという。

実はいまでこそ、ご近所の方々もふらりとカフェに遊びに来てくれるというが、改装中は「よそ者が何をする」という冷ややかな視線を感じたそうだ。勇気を出してカフェのプレオープンでご近所さんをご招待すると、真剣に泥だらけになって家を再生する姿を目にし、応援をしてくれるようにもなったという。今では、観光客はもちろんのことご近所の方々がおいしいコーヒーとゆったりと時間の流れる空間を味わいに来るそうだ。

「この家は私たちで4代所有者が代わっているのですが、先日は初代の方がお見えになりました。お父様がこの家を建てられたそうです。現在は東京に住んでいらっしゃって、この家が残っていることにとても喜ばれていました。2代目の方の親類の方もお見えになりましたね。現在アメリカ在住の叔母が住んでいた当時と門構えがそのまま。写真を叔母に送ってあげたいと撮影されていかれました」(孫さん)

「理屈じゃなくて、古民家再生ってこうやっていくことなのだと妙に納得しました。正直精神的にも大変でしたが、誰かが成功例をつくって先につなげていかないとと思っています」(横山さん)


天気の良い日には、カフェのテラスでお庭を眺めながらゆっくりとコーヒーを楽しめる



シェアハウスでは括れない『甘夏民家』の魅力


自宅・オフィス兼カフェづくりをきっかけに、この古民家を残そうと始めたリノベーションだったが、資金調達をする上で収益を見込める形としてたどり着いたのが自宅兼カフェに「シェアハウス&シェアオフィス」をプラスすることだった。しかし、シェアハウスと言うとどうしても家賃を抑えることが一つの目的のように見られている。暮らし心地のよい空間づくりにこだわった『甘夏民家』では、コスト削減のためのシェアハウスと同列で語られることには「抵抗がある」とも横山さんは言う。

「『甘夏民家』の魅力はこの景観の素晴らしさ。広い庭に隣は甘縄さん。この家だからこその魅力です。そこに居住空間として心地よさもプラスしています。断熱や内装のデザイン性、さらには家具まで。シェアハウスは今では様々なコンセプトのものが出ていますが、それでもまだ“家賃を抑えられる”という認識も強い。そういったシェアハウスとひと括りにされてしまうと古民家再生は事業的になかなか難しいです。けれども誰かがやらないと、鎌倉でも古民家がどんどん壊されています」

前出したが、横山さんには長年世界を旅した経験がある。だからこそ人々との自然な交流というのが身についている。コミュニティを作ることを目的にしすぎて難しくなるシェアハウスの暮らしは不要だと考えているそうだ。韓国出身の奥様も考え方はいたって国際的。真にフラットな関係性を作れるバックボーンに『甘夏民家』や『雨ニモマケズ』がなれればいいという。

「入居者の方で、結婚が決まってこちらを出て海外に行かれた方がいたのですが、先日日本に里帰りした際におみやげをもってこの家に来てくれました。それほど長いこと住んでいたわけではないのに、ここでの暮らしが心地よかったそうです。ありがたいことですよね」(孫さん)

過去から現在、未来へと心地よく時間をつなぎ、さらに人々をも自然な形でつないでゆく『甘夏民家』と『雨ニモマケズ』。古民家再生のシェアハウスはどんな魅力をこれから新たに放つのだろうか。オーナーご夫妻と入居者の方々がこれからまた新しい物語をつくってくれるのだろう。

■取材協力
株式会社 Safari B Company
http://safaribcompany.net/


オーナーご夫妻の横山亨さん(右)と奥様の孫鎬廷さん(左)。奥様の孫さんは、行政書士の資格を取り『甘夏民家』の1室をシェアオフィスに行政書士事務所を構える



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