銭湯のある日常を再定義、高円寺小杉湯三代目が始めた「銭湯ぐらし」の意味

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取壊し予定のアパート&銭湯が舞台


杉並区高円寺。賑わう商店街から少し入った路地に面して銭湯、小杉湯がある。東京の銭湯らしい宮造り(寺社を模した重厚な建築様式)の建物と、それに隣接し、2018年2月に取壊し予定の風呂無しアパートを舞台に、取壊しまでの1年間、銭湯のある暮らしを考える「銭湯ぐらし」なるプロジェクトが行われている。

「入居者に取壊しの予定を伝えたら、あっという間に全室空室に。でも、1年以上も空けておくのはもったいない。それに、その後の建物を単なる集合住宅ではないものにしたかったので、何をどう作れば良いのかを探る意味もあり、アパートに期間限定でいろんな人に住んでもらい、それぞれの視点で銭湯のある暮らしを考えるプロジェクトを始めることになりました」(小杉湯・平松佑介氏)。

昨年10月から実家である銭湯で働くようになった平松氏は三代目。親から銭湯を継げと言われたことはなかったが、周囲からは三代目と言われ続け、いつかは継ぐのだろうと意識してきたという。大学卒業後、20代は住宅メーカーに勤務、30代で人材関連の会社を創業と忙しく働いてきたが、子どもが生まれて立ち止まった。「銭湯は自営業。家に帰れば親がいるのが当たり前だった。だが、ベンチャー企業は朝早くて夜遅い。自分の描いていた父親像と違う自分に気づき、銭湯で働く道を選びました」。


湯パートの壁面にはカラフルな絵が描かれた。その先に見える重厚な屋根が小杉湯



多世代、多様なまち高円寺の縮図が銭湯


当初は家族経営の斜陽産業と考え、働く世界が狭いのではないかと思っていたというが、働き始めてすぐ、その見方が間違いであったことに気づく。
「戦争で焼けていないため、古い人もいれば、ミュージシャン、アーティスト、サブカル系から外国人まで多種多様な若い人達もいる、多世代の多様性を受け入れているのが高円寺というまち。そして、その縮図が銭湯だと感じるようになりました」。

銭湯は身分による差が厳然としてあった江戸時代に登場したが、銭湯内だけは平等だったという。裸になって湯に浸かれば身分も、立場も、懐具合も関係なくフラットということだろうが、その状況は今も変わっていないのだ。

「もうひとつ、気づいたのは人間関係の場としての銭湯です。今の若い人達は10代で東日本大震災を経験し、人と繋がり、集まりたいと感じているものの、だからといって既存の町会や行政が作る何かのグループに所属したいわけではない。もっと緩く、広い範囲での人間関係、コミュニケーションが必要とされているようで、その場として銭湯はちょうど良いのではないかと思ったのです」。

銭湯はこれまで公衆浴場という名称の通り、厚生行政の一環として扱われ、まちのインフラとして大事、残すべきと言われて来た。だが、各家庭に風呂のある今、従来と同じ役割のままで生き残ることは難しい。何か、新しい役割が必要だとしたら、そこに場としての銭湯がありうるのではないかというわけだ。


小杉湯三代目の平松氏。小杉湯では番台と入浴客の間に会話があるという。だから、ここに来るという人も多いのだろう



メンバーそれぞれが考える銭湯のある暮らし


空いてしまったアパートを使うにあたり、平松氏がまず始めたのは人材募集である。番台から面白そうな人をスカウトする、名付けて「番台キャスティング」だ。それまでも時々銭湯に来てくれていた人を対象に「銭湯で何かやってみないか、やりたいことはないか」と声をかけたのである。そうして集まった人たちが2017年3月に初会合を開き、空きアパートを「湯パート」、プロジェクト名を「銭湯ぐらし」とすると決定。活動を始めた。

活動内容は人によって異なる。ミュージシャンは「歌う銭湯」として銭湯で定期的にコンサートを開き、語学の達者な女性は「泊まる銭湯」として外国人旅行者などをアパートに泊め、銭湯文化を伝える。アートディレクターは「創る銭湯」として月替わりのアーティストインレジデンスをコーディネート。滞在期間終了時の月末には湯パートあるいは小杉湯で作品を展示するなどなど。全体像は今後立ち上げ予定のオウンドメディアで報告、確認できるようになる予定だ。

銭湯を契機に集まった人たちだから、銭湯が好きであることは共通だが、参加の動機はそれぞれ。広報を担当する宮早希枝氏は、広告会社勤務時に銭湯のサービスを多様化するという企画を考えていたことがあり、内部から銭湯業界を見てみたいと参加。取材時、小杉湯の待合室の壁に飾られていた東京の銭湯の図解を描いた塩谷歩波氏は、設計事務所勤務時に過労から倒れた身を心も含め救ってくれた銭湯に恩返ししたいと言う。


歌う銭湯、銭湯内でのコンサート風景。天井の高い銭湯で音楽はベストマッチ



銭湯は老若男女、誰にとっても必要な空間、時間


塩谷氏は銭湯の図解をネットで公表していたところを平松氏にスカウトされ、小杉湯に転職、銭湯ぐらしのメンバーにも加わった。
「以前の仕事では会話は必ず利害が絡むもの。ところが番台での会話は誰とであれ対等。名も、どこに住んでいるかも知らないし、服を着ていたら誰かも分からない、長くても30秒くらいしか話さない、それでも仲良くなれる。その短い会話でおばあちゃんたちに『今日もあなたの顔を見たら腰の痛いのが治った』と感謝される。日常の会話は大事な仕事なんだと気づかされます」。

高齢者にとってだけでなく、誰にとっても銭湯は必要だと平松氏。「月に1回、2回銭湯に来ていた人が日常的に銭湯に来るようになれば生活、働き方、地域との関わり方が変わります。デジタルデトックスせざるを得ない空間ですから、子どもと本当にゆっくり過ごすにも最適です。一人暮らしで孤独を感じているなら、誰だかは分からないけれど誰かが隣にいる、そんな無言のコミュニケーションが味わえるのでは。人によって意味は違うはずですが、人生に余白が必要なように、生活にも風呂は必要なのです」。

銭湯ぐらしに参加する他のメンバーたちもそれぞれの立場から銭湯のある暮らしの意味を日々問いながら活動しており、その活動を見て参加を希望する人も増えている。誰でも参加できる活動だから、銭湯が気になる人ならアクセスしてみてはどうだろう。


ミュージシャンにアーティスト、カメラマン、建築家、アートディレクター、編集者その他様々な職業、年齢、性別の人が関わっている



銭湯をまちのサードプレイスに


ここまで聞いて気になったことがある。取壊し後のアパート跡地に建つ集合住宅1階には何ができるのだろう?銭湯ぐらしで感じたことが反映されるのだろうか?

聞くと最近増えているカフェなどを併設した、有人でサービスも提供するランドリーを計画しているという。「15年前、父が銭湯をリフォーム、水風呂の他に待合室を作り、壁面をギャラリーに、漫画などを置きました。滞在時間を30分から1時間にするのが目的でしたが、私はその1時間を2時間にしたい。ランドリーにコミュニティスペースを作ることで、まちのサードプレイスにしたいと考えています」。

15年前のリフォームで滞在時間が長くなったため、500~600人もが集まる週末には待合室は大混雑。新しいスペースにはそれを解消する意図もあるそうだ。しかし、15年前といえば、効率が重視された時代である。そこで回転率を上げるのではなく、滞在時間を長くするリフォームとは。小杉湯は代々先見の明があるらしい。

ところで、ご存じのように銭湯はいまや減少の一途。小杉湯のような試みがあれば、生き残る銭湯も増えるのではないかと取材前に思った。だが、平松氏の話を聞いて分かった。横展開は無理である。銭湯で働き出して1年としないうちにこれだけの人を巻き込む力は真似してできるものではない。また、多世代、多様な人がいる高円寺だから銭湯が生き残れるのだとしたら、多様性を失ったまちでは銭湯は生き残れないことになる。

だが、インフラとしてではなく、新しい役割を持つ場としての銭湯を模索する意識があれば、小杉湯のようではないとしても、銭湯にも生き残りの道はあろう。あとはその努力ができるかどうか。業界としてではなく、経営者個人としての覚悟が求められているのだろうと思う。

銭湯ぐらし
http://sentogurashi.com/article/


15年前に作られた待合はギャラリーとして、会話や読書(!)の場としてなど多様に利用されている



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