空き家化・老朽化…都区内だけで約20万戸ある木造賃貸アパート。再生に挑む「モクチン企画」の取り組みとは

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古い木賃アパートは地域の負債ではない!見出した価値とは?


木造賃貸アパート、略して木賃アパート。主に東京、大阪といった大都市圏で見られる賃貸住宅である。第2次世界大戦後の高度成長期、1960年代頃から人口が増大した大都市で大量に建設され、地方から都会に出てきた若者をはじめ、さまざまな人の住まいとして機能してきた。取り壊されて高層ビルなどに姿を変えたものもあるが、今も東京23区内だけで約20万戸以上の木賃アパートが残っているという。そして、それらの多くが、老朽化や高齢化で住む人がいなくなり、空き家化しているという課題に直面している。

そんな木賃アパートの再生に取り組んでいるのがNPO法人モクチン企画(東京都大田区)。学生プロジェクト「木造賃貸アパート再生ワークショップ」から始まり、2012年にNPO法人化。建築家やデザイナーなどによって構成されている。

「古くて空き家化した木賃アパートは、地域の景観を損ねたり、防犯機能の低下をも引き起こし、地域の負債のようになっています。機能不全に陥ったアパートが増え続けると、まちが空洞化し、地域の活力が奪われかねません。しかし、見方を変えると、木賃アパートにはそれだけ地域社会にとって大きな影響力があるわけです。私たちが着目したのは、既に大量に存在しているということです。数多くある木賃アパートの状況を好転させることができれば、魅力的な地域を創り出せるのでは、と考えました。木賃アパートには、重要な社会資源として活用できる可能性があるのです」

こう語るのはモクチン企画・代表理事の連勇太朗さん。1987年生まれの若き建築家だ。建築家というと、自分の作品としての建築物をつくる職業というイメージがあるが、連さんは自らを「社会的課題に対して建築的思考でアプローチする建築家」と話す。それは、連さんが考案し、モクチン企画の活動の核である「モクチンレシピ」という仕組みに表れている。


写真はモクチンレシピの中の「さわやか銀塗装」や「耐震壁ベンチ」で再生された築44年の木造アパート(撮影/kentahasegawa)



低予算で魅力的な物件に改修するアイディアをウェブ上で紹介


モクチンレシピとは、木賃アパートを魅力的に改修するためのアイディアを公開しているウェブサイトだが、単なる改修アイディアの紹介サイトではない。

モクチンレシピに集められている改修アイディアは、基本的にアパートの家主や不動産管理会社向けに提案・提供されていて、ドアや窓、壁など部分的に改修できるアイディアから、間取りを変更したり、耐震補強、断熱性向上に関係するものまでさまざま。やや大がかりな施工が必要になるレシピもあるが、電球を取り替えるといったDIYでもできてしまう簡単なレベルのものまで、50件近いレシピを事例写真付きで見ることができる。

「複数のレシピを組み合わせることで魅力的な改修ができます。物件の状況に合わせて効果的に組み合わせてみてください」

人気のレシピの一つが「チーム銀色」。ドアノブやスイッチプレートなどのパーツ類を銀色のメタリック系の銀色で揃えると統一感が出て、デザイン的にもアクセントになり、室内の雰囲気が変わるというアイディアだ。また、和室の襖の改修アイディアでは「シャイニングふすま」というレシピがある。そそられるネーミングだが、襖の表面をステンレス調のシートに張り替えて部屋全体を明るい印象するというものだ。

「物件によっては建て替えが必要なケースもあります。でも、すべてがそうではありません。木賃アパートには独特のレトロな雰囲気や質感があると思うんです。そういう既存のものを生かしながら、採光や風通しが悪い、室内が古めかしくて居心地が悪いといった課題を解決できるような改修アイディアを提案しているのが、私たちのレシピです。ちょっとした創意工夫で、魅力的でオンリーワンの生活空間にすることができるのです」

比較的少ない予算で改修できることも特長。これは、老朽化していて空室の多い物件を抱えながらも、資金的な余裕がなく困っている家主にとって大きな助けになる。


ウェブ上にレシピが並ぶ。現在、44件を紹介しているが、実験段階にあって公開していないアイディアも数多いという。レシピは、木造の戸建て住宅の改修にも使用できる



原点は学生プロジェクトのときに感じた無力感


自分たちで開発した独自のノウハウを社外秘扱いにせず、積極的に公開し、多くの人に提供し使ってもらう。そんな斬新な発想にいたったきっかけは、8年前、2009年にさかのぼる。前述の学生プロジェクト「木造賃貸アパート再生ワークショップ」での体験だったという。

当時、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)の4年生だった連さん。日本のリノベーションの第一人者といわれる建築家で、ブルースタジオの大島芳彦さんと出会ったことで木賃アパートに興味をもち、この学生プロジェクトを立ち上げた。首都圏から学生を集め、木賃アパートを自分たちが住みたくなるような賃貸住宅に改修しようという目的でワークショップやリサーチなどを重ねた。そして、東京都世田谷区にある築約40年の木賃アパートの改修にチャレンジしたのだった。

「当時は、まだモクチンレシピはなくて、自分たちで塗装したり、セルフビルドで施工したり、試行錯誤しながら1棟を改修しました。学生の試みということでメディアにも取り上げられ、成功したプロジェクトだったと思います。でも、そのとき、私が感じたのは無力感でした。古い木賃アパートは、魅力ある物件に再生されたけれど、綺麗になったのは、私たちが改修した目の前のアパート1軒だけ。周りを見回してみたら、古びてボロボロの木賃アパートがいっぱいあったんです。こんなに頑張ったのに1軒しか変えることができず、まちの景色はなにも変わっていない。この先、私が建築家になったとき、どれだけの労力をかけたとしても点でしか変えられない…。そう思うと、無力感しかありませんでした」

こうした想いが原体験となり、模索し、生み出されたのが「モクチンレシピ」だった。

「木賃アパートを取り巻く状況を変えるには、木賃アパート全体の底上げが必要だと思いいたりました。それには家主さん、不動産管理会社、工務店などが『なんとかしなければ』という意識をもち、自発的に再生を実現できる仕組みが必要です。そこで、多くの人に使ってもらえる改修アイディアとして開発したのが、モクチンレシピなのです」


取材に応じてくれた連勇太朗さん。父親も建築家(連健夫さん)ではあるが、高校時代になりたかった職業はジャーナリストだったという。オランダの建築家、レム・コールハースの『錯乱のニューヨーク』を読んで感銘を受け、父と同じ建築家を志すように。</BR>大学卒業後は慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科へ進み、以後、建築デザインの「資源化」をテーマに研究活動にも力を注ぐ。現在、慶應義塾大学大学院特任助教、横浜国立大学大学院客員助教でもある。主な著書は『モクチンメソッドー都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社)など



不動産管理会社などと協働し、モクチンレシピの有効活用をはかる


ウェブ上で誰もがレシピを閲覧することができるという間口の広さとともに、特徴的なのは、木造アパートを運営・管理している地域密着型の不動産会社や工務店などと連携する機能をもっていること。空き家、空き室を抱えて困っている不動産管理会社などからの相談に応じ、デザインのコンサルティングを行なっている。木賃アパートの関係者との連携を深めるために、「パートナーズ会員」というシステムを設け、現在、東京圏を中心に会員企業は約20社。会員は各レシピの図面・仕様書や概要書をダウンロードでき、空室対策に活かすことができる。2017年8月にプログラム内容を大幅にリニューアルし、現在、新たに連携パートナーを増やしていくことに意欲をわかしている。加えて今年8月からは、家主や建築を学ぶ学生など個人を対象にした「メンバーズ会員」もスタートさせた。

通常の建築設計事務所などにはみられない、新しい形の建物再生だろう。

「自分たちのやっていることがうまく伝わらなくて悩んだ時期もありましたが、会員のみなさんから現場の生の声を聞かせていただき、私たちがフィードバックするという関係性を築くことができたと思います。空室対策を一緒に考えたり、会員の要望に応えて開発したレシピもあります」

また、パートナーズ会員と協働し、これまでに50あまりの物件の改修を手がけた。空室の状態が続いていた部屋を複数のモクチンレシピを使って改修したところ、家賃を上げたにもかかわらず入居者が決まったという事例も少なくないという。

このように実績をあげているが、それはモクチン企画の挑戦の「序章」に過ぎない。

連さんはこう言う。
「私たちが目指すのは、収益性の高い木賃アパートにすることだけではありません。『つながりを育むまち・社会』をつくることです」と。「地域が活性化していくには、住民同士がつながることが必要だと考えています。特に都市においては、重要です。そのツールになるのが木賃アパート、そう確信しています」


▲写真上の2枚は、築60年の木賃アパートの室内の改修事例。左は改修前の様子で、1年以上空室が続いていた。</BR>右は改修後。窓際のベンチになり収納にも使える「まどボックス」、長押を改良してものを掛けたり置きやすくした「きっかけ長押」など複数のレシピを組み合わせて再生した</BR>▲写真下の2枚は、外観の印象をさわやかに改修した事例。左は改修前。敷地が道路に面しているため、道路から1階の部屋が丸見えでプライバシー確保が難しいといった課題があった。</BR>右は改修後(撮影/Chikako Ishikawa)。</BR>使ったレシピは、居室の前に目隠しとしてしゃれた木格子を設置する「ボツ窓ルーバー」と、</BR>建物の前に長い縁側を設置することで外溝を魅力的なスペースに変える「縁側ベルト」



木賃アパートを軸にして、人と人とがつながれるまちを!


木賃アパートのどんなところに可能性を感じているのだろうか?

「物件にもよりますが、木賃アパートのほとんどが2階建てで、外階段があったり、1階の部屋は前面道路がすぐ近くにあるといった構造です。そのため、外から物音が聞こえてきやすく、部屋の借り手がつきにくい原因にもなっています。しかし、それだけ、地域との距離が近いと捉えることができます。部屋に住むのではなく、地域の中に住む。それが高層マンションなどにはない、木賃アパートならではの魅力だと思います」

地域との距離が近いことを生かし、新たな構想を思い描く連さん。

「アパートとして再生することはもちろんですが、木賃アパートの建物を別の形で活用する方法も考えています。例えば、高齢者福祉の拠点にする方法。1階部分をバリアフリーに改修すれば高齢者も利用しやすくなりますし、先ほど申し上げたように前面道路がすぐ近くにあるという特色を活かし、地域に開かれた福祉施設へと変えることが可能になります。そして2階は必要な改修をして賃貸住宅として貸し出すことで、若い世代と高齢者がともに暮らす家として再生することができます。また、地域のクリエイターが集うオフィス棟にするのも一案です。私たちモクチン企画のオフィスも、築53年の古い建物を改修したものです。アパートではなくて、木造一戸建て住宅だった建物ですが、モクチンレシピを使って改修しています。従来あった塀を撤去して、玄関前を空き地にしたところ、地域のおばあちゃんと顔を合わせる機会が増えて、何気ないコミュニケーションが生まれています」

お互いに顔と顔を合わせる、お互いの顔と顔が見える。素朴なことではあるが、それこそが「つながりを育むまち・社会」をつくる原点だと筆者も思う。

モクチン企画が現在、力を注ぐのは、連携する会員企業・個人会員らが顔と顔を合わせ、コミュニティをつくること。具体的にはモクチンレシピを有効活用してもらうための「モクチンスクールの開講」の計画が進行中(2018年4月に正式オープンの予定)で、会員が集い学ぶ場としていきたいという。さらにはスクールの講座修了者を中心にした勉強会を立ち上げる。

「会員の方々は、自分たちの地域をよくしたいという意気込みをもつ方々ばかりです。そうした方々が顔を合わせ、物件の悩みを共有し、モクチンレシピを使いながらみんなで解決策を考えたり、実験的な試みにも取り組む。そんな不動産業のコミュニティをつくりたいです」

モクチン企画によって、都会のまちがどう変わっていくのか、その景色は、今はまだ想像できない。しかし、まちを変革する挑戦を見続けていきたいと思う。

■モクチンレシピ
https://mokuchin-recipe.jp/
■NPO法人モクチン企画
http://www.mokuchin.jp


築53年の木造一戸建て住宅を改修したというモクチン企画のオフィス。玄関前の空き地は地域の人たちにも開放されている



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