製造業受託で躍進する異形の日本企業、トップ聞く秘訣
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【編集長インタビュー】内山茂樹UMCエレクトロニクス社長(上)

土屋 直也 (ニュースソクラ編集長)(News Socra)

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撮影・ニュースソクラ編集部

 シャープを買収した台湾の鴻海精密工業が代表格といえる製造業受託。新興国のお家芸とされてきた製造業受託を電子部品を中心に手掛ける異例の日本企業がある。町工場から出発して1兆円企業がみえてきたUMCエレクトロニクスの内山茂樹社長に成長の軌跡を聞いた。(聞き手はニュースソクラ編集長、土屋直也)

 ―-UMCエレクトロニクス(以下UMC)は日本企業ながら、電子機器の製造受託請負、いわゆるEMS(Electronics Manufacturing Service)を柱に進めているのですね。

 元々日本でやっておりましたが、本格的にEMSを始めたのは中国でのある出来事がきっかけです。1997~98年頃、世の中の流れが人件費の安い中国に向いていた時に、実際に中国企業に視察に行きました。そこで現地の工場のあまりにも杜撰なもの作りと世界を代表する企業が大量に仕事を出している事に驚いてしまいました。

 これを見て、ここに大きなチャンスがあると思ったのです。私たちがそれまでしてきた電子機器の基板実装や完成品の製造をそのまま生かせるビジネスでもあったのです。

 ――そうはいっても中国市場の攻略は簡単でないはず。UMCの特徴は何でしょう。

 「昭和のスピリッツ、平成のテクノロジー」【仲間は家族、職場は家庭、損益は家計】というスローガンを大切にしています。「昭和のスピリッツ」とは何かというと、日本の高度成長時代のように、頑張れば、未来は明るいという考え方、そして世界全拠点で“お客様に感謝し、感動をしていただく”という気持ちを表しています。
 
 例えば、私は日本で一番誇るべきところが礼節の文化だと思っています。(社長自ら、スマートフォンの動画を見せてくれる。)これは先週訪れたベトナム工場の映像です。毎朝、社員全員が並び、大声でガッツポーズを掲げて、社是とグループテーマの唱和をやっています。

 お客様が視察に来られた時には、感謝をこめて全員で声を揃えてお礼をしているのです。どこの国の拠点でもこうやって感謝の気持ちを示されて、嫌な思いをする人はいないし、挨拶するとお互い気持ちが通じるのと自然に習慣になってきます。この姿をご覧になって感動していただいたお客様が、こういう事ができる会社であればとお取引の決め手になることもあります。

 中国拠点には、李美蘭(リ・メイラン)というスーパーウーマンがいます。彼女はもともと製造ラインのオペレータとして入社しましたが、一生懸命仕事を覚え、他の従業員の相談に乗って、時には母のように、時には姉のように皆から慕われる存在になっていきました。

 今では中国社の統括工場長として本社の役員にまでなっています。そういう昔懐かしい人情を世界中で大切にしているし、できる人材は学歴などにとらわれずに登用してきました。

 ―-もうひとつの「平成のテクノロジー」とはどのようなものでしょうか。

 製造現場は日々進化しています。LCA(ローコストオートメーション)というUMC独自開発の低コスト自動化設備を導入しているのです。基本的にEMSでは、1つの商品の受注につき数十台の製作機械が必要になります。

 通常だとその機械を、日本の様々な企業から一台一台仕入れます。この機械をわが社では、中国て設計から製作まで一貫した製造ラインとして内製化しているのです。結果、現地て材料から部品まで仕入れて製作するので物流費もかかりませんし、素早いメンテナンスも可能になります。(削除依頼⇒また減価償却率も低いので)そこからライン立ち上げの早さ・品質・コストなどの競争力も生まれてくるのてす。これが最大の強みですね。

 このLCAを評価いただき、自動車の電動化の基幹部分のHV向けの制御装置をEMSとして初めて製造受託しています。また、PHV,EVの制御装置や車載の充電器などを受注しています。

 ―-製造用の機械を部品から全て自分で作ってしまうというのはユニークですね。なぜこのようなことを始められたのですか。

 実は中国の深では当時人件費が、年間17~18%のペースで上がっていました。これには私も困り果ててしまいました。「2%アップ作戦」と呼んでいますが、毎月2%の労働力とスペースを減らし、余力の出た人が空いたスペースで新しく受注した製品に対応をする戦略もとっています。
 
 これを実現するため製造現場の部品運搬を人手でなく搬送ロボットにしてみようという所から始まりました。悩み続ける中で考えた方式です。

 ―-御社は町工場からスタートされたと思いますが、内山社長の入社当時はどんな状況でしたか。

 売上が数億円規模で、社員も10人ほどです。ハートさんか20~30人おりましたが、まさに町工場の零細企業ですね。

 入社してしばらくは、辛いことばかりでした。私はもともと専門商社に勤めていました。UMCに入社するとは全く思っていなかったのです。

 入社して3年程経った頃に、私の叔父で副社長からUMCに入社するよう電話が掛ってきました。実はその時、UMCで、お客様から直接製造を受託し、半導体電子部品を購入するチャンスがやってきたという話だったのです。

 しかし、実際に会社に入ってみると仕事が全くない状態でした。困り果てた結果、前職でお世話になっていたお客様に頼んて、数億円ほとのお仕事をいただきました。

 その後もまた問題が起きました。商品を納め、いざ手形を割り引いてもらおうとしたら、銀行が手形を割り引いてくれなかったのです。当然自転車操業の状態ですから困りました。優良な一部上場企業の手形でも、取引銀行がうちのような中小企業は取引をしたくないと暗に言われてしまいました。

 その後助け舟を出してくれる銀行が現れましたが、この時のつらさは忘れられない。この経験から「会社の信用をいかに作るか」という私の経営のテーマのひとつになりました。

 ―-どうやって信用力を高めようと考えたのですか。

 自動車に乗せる電子部品、いわゆる「車載」部品の製造事業に取り組み始めたことが1つの転機になりました。ちょうど15~6年前のことです。とはいえ、当時のUMCには車載のノウハウは全くありません。

 私の下に直轄の「車載ダイレクターオフィス」という部署を作りまして、技術部門の従業員をお客様の自動車部品メーカーにお手伝いに、出向させ、品質保証や車載の立ち上げ方を教えていただきました。

 その後、少しずつ仕事が入り始めて、今に至るわけです。だから私たちの現場は全てたたき上げなのです。それが今の強さにも繋がっていると思います。

 --よく品質管理の厳しい自動車会社と付き合いましたね、内山社長は「車載」の分野に詳しかったのですか。

 いえ、全く知識がありませんでした。実は私はプラモデルも一度も完成できないくらい不器用な人間なので苦労しました。ちょうどその頃ご縁があって、あるコンサルタントの方と出会いました。そこでトヨタ生産方式(TPS)を学ぶ機会に恵まれたのです。モノづくりをしていると、必ず不良品がでてしまったり、トラブルにぶつかります。普通は専門家に解決を任すことが多いですが、私はそこが学びのチャンスだと思い、社員と共に勉強しました。

 新しくTPSを導入する際には、社内でかなりの反対を受けました。新しいことに挑戦しようとすると必ず拒否反応を示す人がいますね。中国進出の時にも否定的な意見が随分と出ました。

 ―-7月に日立の工場を買われましたね。

 日立製作所とものづくりで協業し、子会社の日立情報通信マニュファクチャリングの株を取得しました。神奈川県秦野市と福島県郡山市の製造拠点と約660人の従業員が、UMCエレクトロニクス(以下UMC)の一員になりました。日立の優秀な方々と新しい分野を開拓して行けます。

 既に、サーバーやストレージに加えて、当社が長年メインボードを作っている半導体の試験装置のお客様から1から2トンもあるような大型の完成品の受注生産受ける事も可能になりました。


■内山 茂樹(うちやま・しげき)1966年1月18日生。加賀電子に営業マンとして3年半勤務した後、1991年に両親と父の兄弟が創業した内山製作所(現UMCエレクトロニクス)に入社し、2000年に初の海外進出となる中国深に工場建設。最新鋭の設備にトヨタ生産方式を導入しEMS(電子部品の受託生産)としての地歩を築く。UMCエレクトロニクスは売上高約7,000億円、EMSでグローバルTOP5入りの長期目標を掲げている。

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