オウム事件は終わっていない 危機管理の失敗の検証が必要だ
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政治家は捜査機関に丸投げしただけでは

村山 治 (ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員)(News Socra)

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 地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)元代表ら13人に対する死刑が執行された。「元代表を含め死刑自体に反対だ」「死刑は元代表1人でいい、指示に従った弟子は執行するな」など様々な声が渦巻く中でそれは行われた。ただ、オウム事件はこれで終わったわけではない。事件は、カルト・テロに対する国の無策ぶりをクローズアップした。その状況は今も変わっていない。

宙に浮いた教祖の遺骨

 松本元代表は、東京拘置所で7月6日に死刑を執行され、遺体は荼毘に付されたが、その遺骨が宙に浮いている。

 発端は、元代表が執行の前に拘置所職員に対し、自らの遺体を四女に引き取らせる意向を示した、とされることだ。元代表本人の意思表示がなければ、執行後、遺体は妻に引き渡され、拘置所の手を離れるはずだった。 

 現在、教団と関係を断っているとされる四女は受け入れを表明。四女の代理人を務める滝本太郎弁護士は7月11日、記者会見で元代表の遺骨を引き取った場合は「粉にして、太平洋に散骨する」と述べた。滝本弁護士は、教団信者の脱会活動を支援し、教団からサリンで命を狙われたことがある。

 元代表の遺体については、執行前から「信徒らの崇拝対象になり、後継団体などの教勢を強めかねない」として、関係者の間でその埋葬場所などが焦点になっていたという。

 滝本弁護士は会見で「太平洋なら広いので(散骨しても)聖地にできない」とし、信徒らによる「奪還」や「攻撃」の危険性もあるとして、国がテロ対策の一環として散骨にかかる費用などを支援するよう求めたとされる。

 一方、元代表の妻や次女、三女らは「(元代表の)精神状態からすれば、特定の人を引き取り人として指定することはあり得ない」と主張し、遺骨の引き渡しを拘置所側に求めているとされる。

 法務省は、滝本弁護士の申し出にも、妻らの要求にも応じなかった。その結果、死刑を執行された弟子の遺体が次々遺族らに引き渡される中、元代表の遺骨は現在も東京拘置所で安置されたままとなっている。

遺族間の対立を考慮か

 四女と妻らの間で遺骨の引き取りをめぐる対立があり、場合によっては訴訟になる可能性があるともいわれる。そうである以上、どちらかに引き渡すことはできない、というのが法務省の基本的な立場だろう。

 もし、訴訟になれば、元代表の「四女へ」との発言の信ぴょう性が焦点となる。執行直前の元代表に正常な意思能力があったかどうか、拘置生活の様子を記録した刑務官の報告書や医師の診断書などの信用性も立証のポイントとなる。裁判所の判断が出るにはかなり時間がかかることも予想される。

 一方、オウム真理教(教団解散後は、後継団体)に対する監視を継続するために作られた「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」の第2条は、「(国が)権限を逸脱して、思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由並びに勤労者の団結し、及び団体行動をする権利その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を、不当に制限するようなことがあってはならない」と定める。

 海への散骨が宗教行為にあたるかどうかは、議論の余地があるが、そうみられる恐れのある遺骨の運搬・警備などに国がかかわるわけにはいかない、という思惑もあるのではないか。

 また、漁業権を持つ人が散骨を不法投棄と受け取る可能性もある。オウムの元代表の遺灰ともなれば、漁業などへの風評被害にもなりかねず、「勝手にまくな」という声が出るかもしれない。

 ならば、遺骨引き取りをめぐる遺族間の対立がある間は、当面、東京拘置所で安置しておき、その決着がついてから対応を決めよう、ということだろう。東京拘置所内には、遺骨を安置する専用の冷暗スペースもあるという。

公安部門はノーマーク、坂本事件の捜査ミス

 一連のオウム事件のうち1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件は、おそらく世界で初めての毒ガスを使った無差別のカルト・テロだった。死者13人、負傷者約6300人に上る未曾有の事件の教訓は生かされているのか。

 カルト・テロに対し、政府が国民から期待される役割は、以下の3点だろう。

 (1)反社会的性格が強いある種のカルト集団に対して治安機関は、信仰の自由の原則を守りつつ、適切に監視し、違法行為があれば、摘発する。
 (2)もし、そのカルト集団が、無差別テロのような重大事件を起こせば、早期に制圧し、事件の真相を解明し、適切な処罰を科す。カルト集団の解体や継続監視をする。
 (3)国会や民間の反カルト組織とも協力し、そのカルト集団が暴走した動機や背景を分析し、再発防止を図る。

 (1)については、警察と公安調査庁が主に担ってきた。オウム事件の捜査に深く関わった元検察幹部は、2006年に作成した覚書「テロ事件捜査の観点から振り返るオウム関連事件捜査」で、警察はオウム真理教については「地下鉄サリン事件の前年の1994年前半までノーマーク」だった、公安調査庁については「一切調査対象とせず」と酷評した。

 テロを行う可能性のある集団に対する情報収集、分析を業務とする公安警察は全く機能せず、刑事警察についても、89年11月の坂本弁護士一家殺害事件では、現場にオウムバッチが落ちていたのに、オウム教団を本格捜査しないなど初動捜査ミスがあった。

 94年6月の松本サリン事件でも、オウムの実態解明には着手せず、被害者が「犯人視」報道される原因となる軽率な捜索で批判を浴びた。

 両事件の捜査が適切であったなら、両事件でオウム幹部は摘発され、地下鉄サリン事件は起きなかったかもしれない。

 (2)は、地下鉄サリン事件に対する治安当局の対応がこれに当たる。検察と警察は連携し、警察の全国ネットを駆使したローラー作戦で、事件発生2か月半でほぼ重要容疑者の身柄を確保し、結果として地下鉄サリン事件以後、死者の出るテロは起きなかった。

 「証拠と理屈は後からついてくる」(覚書)という現行法の枠を超えた捜査だった。それゆえ、捜査手続きはときにグレーゾーンに踏み込む面はあったが、緊急避難的要素があり、ある程度、やむを得なかった面もあると思われる。

 この元検察幹部の覚書をもとに、朝日新聞のウエブサイト「法と経済のジャーナル」で、オウム事件の捜査を検証した。ご興味のある方は、それもご参照いただきたい。

国家の危機管理―日米の違い

 問題は(3)だ。これについては、行われた形跡がない。

 国会は、オウム事件について特別調査委員会を立ち上げなかった。一連の事件の真相について政府を突き上げて公式の報告を受けることもしなかった。

 自社さ政権与党の自民党は、野党・公明党の選挙母体である創価学会をけん制するため、オウム事件にからめて「政教分離」など宗教法人法改革の必要性を国会で強く主張した。
 
 公明党など野党は反発。政党間の駆け引きの中で、オウム事件が国に突き付けた重要な課題である「カルト・テロ」対策や政府の危機管理の議論は置き去りにされた。

 米国では、重大なテロ事件が起きたり、政官業がからむ構造的な腐敗が発覚したりすると、議会が特別調査委員会などで徹底した調査を行い、問題点を詳細に分析し、政府に再発防止の対応策を迫る。

 2001年の同時多発テロでは、米議会上下両院の情報特別委は合同秘密聴聞会を開き、テロを未然に防げなかった政府を追及した。

 米政府はCIAとFBIの情報共有や各機関内での情報分析や判断が不適切だったことを認め、FBI、CIA、軍の諜報機関などが入手した情報の有効活用のため国土安全保障省を新設した。日本とは対照的だ。

 重大事件や政官業腐敗の解明と制裁を検察など捜査機関に丸投げし、そこで国民の「ガス抜き」をし、政府の失策については、小手先の弥縫策で体裁を整え、国民の記憶からフェードアウトさせる。

 それが日本という国の習い性だった。オウム事件に対する政府と国会の対応はその典型といってよい。

「未然防止」強化の分水嶺は「9・11テロ」

 そうした日本の危機管理の情況を大きく変えたのは、地下鉄サリン事件の6年後に起きた米国同時多発テロだった。それに続く、アフガニスタン攻撃(2001年10月)、イラク戦争(2003年3月)。

 その混乱から国際的にテロに対する不安が急速に高まった。そうした情勢を受けて、小泉政権は2004年12月10日、「テロの未然防止に関する行動計画」を決定した。

 ▽テロリストが国内に潜入するのを水際で防止するため、出入国管理及び難民認定法(入管難民法)を改正し、顔など生体情報を記憶したICチップ入り旅券を導入する
 ▽テロ活動の未然防止策として私服警察官が旅客機に搭乗してハイジャックを防止する「スカイマーシャル」制度を導入する――などが柱だった。

 IC旅券は2006年に導入され、07年には、観光客を含めた16歳以上の外国人に指紋採取と顔写真の撮影を原則として義務付ける制度が始まった。法務省入国管理局の職員や財務省の税関職員が増員された。

 スカイマーシャルについても、警察庁が04年に運用を開始した。警察当局は米国同時多発テロ後、自衛隊との連携も強化した。テロを想定した合同図上演習を都道府県警で実施し、生物化学兵器テロの図上演習も重ねている。

 一転して、国をあげて、未然防止をベースとする危機管理体制の構築に向けまっしぐら、といった風情だ。だが、政府の認識と国民の意識の間には深いギャップも感じる。

 オウム事件の捜査にかかわった検事はいう。

 「たとえば、防災無線や放送が整備されていたとしても、自分が逃げる意識、覚悟があるかは疑問だ。平素から、有事、危機の未然防止のために広範に監視される覚悟も、その是非、許容範囲を正面から議論する覚悟も、ないのではないかと思う」

 「そもそもそれらを期待するのが無理な気がする。まだ起きていない危機、危険のことを考えていたら、生きていけないのが人間だと思う」

 同感だ。

残された大きな課題

 政府による国家の危機管理の失敗の検証と再構築のほかにも、オウム事件が残した、もうひとつの重要な宿題に手がついていない。

 妄想に近い教義を標榜する教祖が主宰するカルト教団に、世間的には優秀とされる若者が吸引され、なおかつ殺人など重大犯罪の一線を超えたことに対する原因の調査・分析と再発防止策の策定だ。国はそれを行っていない。

 オウム真理教自体、スタートは小さなヨガ教室だった。それが平気で人を殺し、資産を奪い、国家転覆を掲げて無差別テロを行う集団にまで変貌した。

 カルトは、マインドコントロールで人を変える。カルトのそうした洗脳メカニズム、カルトに惹きつけられる信者の側の「心の闇」や「環境」などを子細に検証し、そのうえで対策を講じない限り、再発防止にはならない。第二のオウム真理教が現れない保証はない。

 本来は、政府か国会が特別調査委員会を立ち上げ、カルトの専門家らを動員して、オウム真理教事件を調査すべきだった。

 自分の世界に閉じこもっていたとされる松本はさておき、井上嘉浩、中川智正ら死刑を覚悟して検察に犯行の一部始終を供述し、法廷でも証言した元教団幹部は、国会が証言を求めたら応じたのではないか。

 必要があれば、特別立法で死刑が確定した信者の刑を軽減し、無期懲役にして、真相を語らせる方法もあったと思う。井上ら幹部12人の死刑執行でその機会は永遠に失われた。

 カルト・テロは排除しなければならないが、乱暴な対策では、大切な「信教の自由」を侵すことになりかねない。ヨーロッパでは、信仰の自由に配慮しつつ、カルト団体の違法あるいは反社会的行為を厳しく規制する方向で政府、議会が積極的に取り組んでいる。

 公安当局に監視を委ねるだけの日本とは、相当の開きがある。国会が改めてオウム事件とカルトの問題に積極的に取り組むことを求めたい。

捜査幹部の総括ー矛盾を捜査当局に丸投げの悪しき風土は変わっていない

 最後に、オウム事件捜査の覚書をまとめた元検察幹部の事件総括を紹介する。

 「刑事司法制度は、オウム事件のような事態を想定していない。それに刑事訴訟法だけで立ち向かうのは困難だった。だから、捜索、身柄確保のためにぎりぎりの知恵を絞った。オウム教団は、70年代の学生運動、過激派の運動が下火になり、警備公安部門の活動が低調になったのに比例して勃興した」

 「日本は平和ボケしていた。事件を機に、テロ対策の法制を整備すべきだったが、国会議員は票にならない法案には消極的だ。日本の国には、あらゆる社会の矛盾や問題を捜査機関に投げ、摘発することでガス抜きをし、お茶を濁す悪しき風土がある。今もそれは変わっていないのではないか」

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