NVIDIAフアンCEO、時価総額世界一の原点は日本にあり 「物理AI」が牽引する日本の復権

ジョルダンニュース編集部

米半導体大手NVIDIA(エヌビディア)のジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は7月15日~7月17日、来日し、さまざまなイベントに参加した。秋葉原のゲームセンターや神田の居酒屋などで、日本の経営者らと交流し、さながら、ジェンスン・フアン祭りの様相だった。フアン氏は16日夜、東京都内で開いたイベント、NVIDIA Japan AI Ecosystem Receptionで、日本の産業界や学術界のリーダーらを前に講演を行った。同社が創業初期に直面した倒産の危機を日本のゲームメーカーであるセガの出資によって乗り越えた逸話や、現在のAI開発の基盤となっている汎用計算技術「CUDA(クーダ)」の普及において日本の研究者が果たした決定的な役割に言及し、自社の成功の歴史には常に日本の存在があったと深い感謝の意を表明した。さらに、生成AIの進化によってAIが物理世界を理解して自律的に稼働する「物理AI(フィジカルAI)」の時代が本格的に幕を開けたと指摘。素材産業やメカトロニクス(機械電子工学)といった世界最高峰のモノづくり技術を有する日本にとって、これは歴史的な復権のチャンスであり、今まさに「日本の時代」が到来していると力説した。

NVIDIAのジェンスン・フアンCEO。左は通訳の方。

■倒産の危機を救ったセガの決断と「日本の精神」

1993年の創業当初、NVIDIAは現在のAI半導体の覇者としての姿からは想像もつかない、3Dゲーム向けグラフィックス技術を専業とするベンチャー企業であった。当時のパソコンは主にオフィスでの事務処理(OA)用途に設計されていたが、フアン氏らは「パソコンは誰もが持つべきものであり、他の方法では実現不可能な3Dゲームなどの高度な処理ができるプラットフォームになるべきだ」という先駆的なビジョンを抱いていた。しかし、当時の市場には3Dグラフィックスを活用したゲームソフトが皆無であった。唯一、アーケードゲームの分野で3D技術を実用化し、『バーチャファイター』や『デイトナUSA』などの革新的なタイトルを生み出していたのが日本のセガであった。フアン氏は直ちに日本へ飛び、セガの次世代ゲーム機(サターン後継機)の開発をNVIDIAが担う代わりに、セガの有力なゲームタイトルをパソコン向けに移植・供給してもらうという、NVIDIAの社運を賭けた大型契約を取り付けることに成功した。

しかし、開発プロセスは決して順風満帆ではなかった。NVIDIAが採用した3D描画のアルゴリズムに致命的な欠陥があることが判明し、プロジェクトは座礁したのである。当時33歳だったフアン氏は再び日本を訪れ、セガの経営陣に対して「NVIDIAの技術は失敗したため、他社と提携すべきだ」という絶望的な報告を行った。さらに「開発は失敗したが、NVIDIAが生き残るためには約束していた資金を全額提供してほしい」という、極めて異例かつ身勝手とも取られかねない要求を突きつけたのである。

NVIDIAの生存確率は「ほぼ0%」という絶望的な状況下であったが、フアン氏の包み隠さない誠実な報告を受けた当時のセガの経営トップは、翌日になって「投資は継続し、資金は株式に転換する」という英断を下した。この奇跡的な資金援助がなければ、現在の時価総額世界最大級を誇るNVIDIAは間違いなく倒産していたとフアン氏は振り返る。この劇的な経験を通じて、フアン氏は単なるビジネスライクな契約を超えた、日本企業特有の「パートナーシップ」「友情」「互いに支え合う精神」という企業文化の深さに感銘を受け、日本という国にすっかり魅了されたと語った。

■CUDAの真価を見出した日本の学術界とGPUスパコンの誕生

NVIDIAと日本の深い結びつきは、ゲーム業界にとどまらない。同社が発表したGPU(画像処理半導体)をグラフィックス描画だけでなく、汎用的な複雑な計算処理に応用する技術「CUDA」の歴史においても、日本は決定的な役割を果たしている。現在でこそCUDAは生成AIの開発やディープラーニング(深層学習)において事実上の世界標準(デファクトスタンダード)となっているが、発表当初はその革新性や将来の可能性を理解し、信じる者は世界中でほとんどいなかった。

その孤独な状況を打破したのも、日本の研究者であった。現在理化学研究所で計算科学研究センター長を務める松岡聡氏が、NVIDIAのGPUを搭載した世界初のスーパーコンピューターを日本で構築したことにも触れ、技術の進化の歴史的な転換点には常に日本の学術界の先見の明があったと称賛した。

■「物理AI」時代の幕開けと産業のパラダイムシフト

現在、NVIDIAは名実ともに世界最大のテクノロジー企業の一つへと成長を遂げたが、フアン氏は「その大部分を日本に負っている」と謙虚に語り、今度はNVIDIAが日本に対して恩返しをする番であると宣言した。その背景にあるのが、コンピューティング業界全体を巻き込む巨大なパラダイムシフトの到来である。フアン氏によれば、これまでの伝統的なコンピューティングの時代から、GPUを活用したアクセラレーテッド・コンピューティング(加速演算)の時代へと移行が進むと同時に、AIがそれを爆発的に加速させる「ターボブースト」の役割を果たしているという。

NVIDIAのジェンスン・フアンCEO。背後のスクリーンには、連携する企業や大学、金融機関、ベンチャーキャピタルなどのロゴが並んでいた

この劇的な変化によって、かつては数世代先にならなければ実現不可能と思われていた大規模システムの構築や、未来の精緻なシミュレーションが現実のものとなりつつある。気候変動予測からエネルギー開発、核融合技術、さらには量子コンピューティングとの融合領域に至るまで、あらゆる科学分野で限界を突破する道が開かれている。そして、フアン氏が最も強調するのが「物理AI(Physical AI)」の台頭である。これまでのAIは、テキストや画像といったデジタルデータの処理(ソフトウェア領域)にとどまっていた。しかし、次世代のAIはセンサーを通じて物理世界(現実世界)の法則や構造を深く理解し、ロボットや自動運転車、工場の自動化システムとして自律的に動作するようになる。フアン氏は、この物理AIの技術がまさに「実用化・産業化のティッピングポイント(転換点)」を迎えており、世界のIT産業の競争環境が完全にリセットされ、誰もが再び同じスタートラインに立つことになったと分析している。

■日本のモノづくりとAIの融合がもたらす圧倒的優位性

この「物理AI」が牽引する新たな競争環境において、日本は世界のどの国よりも圧倒的な優位性を持っているとフアン氏は断言する。その根拠となるのが、日本が長年にわたって培ってきた物理科学および製造業における世界最高峰の技術基盤である。近年、半導体の受託製造拠点としては台湾に世界の耳目が集まりがちであるが、その半導体製造を根底で支えているのは間違いなく日本企業である。化学材料、高度なパッケージング技術、さらにはシリコンウェハーに至るまで、半導体産業の基盤となる物理要素技術の多くは日本が世界シェアの過半を握っている。

フアン氏は「材料や化学物質、ウエハーはどこから来るのか。半導体製造の出発点にある基礎的な物理学は、今でもここ日本にある」と述べ、日本の素材・化学産業の層の厚さを高く評価した。さらに日本は、自動車産業や産業用ロボットに代表されるメカトロニクス(機械工学と電子工学の融合)分野でも世界をリードしている。これまでのIT革命は、主にソフトウェアのコードを書く能力が競争力を左右してきた。そのため、ハードウェアには強いがソフトウェア開発に弱点を抱える日本企業は、米国のビッグテック企業に対して長らく苦戦を強いられてきた歴史がある。

しかし、生成AIの進化はその構造的な弱点を完全に無効化する。なぜなら「AIが真っ先に行うのは、ソフトウェアのコードを書くこと」であり、もはや人間が自らソフトウェアの設計に頭を悩ませる時代は終わりを告げたからである。人間が複雑なプログラムを記述する必要性が薄れる中、これからのビジネス競争の源泉は「AIを物理なハードウェア(ロボットや産業機械)にどう実装し、現実世界で機能させるか」へと大きくシフトする。つまり、日本が誇るメカトロニクスや量子物理学の卓越性と、NVIDIAが提供する最新の物理AI技術を融合させることができれば、日本企業はグローバル市場において再び無双の強さを発揮できるという極めて合理的な論理である。

■「東京発」のイノベーション・エコシステム構築に向けて

フアン氏はスピーチの結びにおいて、日本がこの千載一遇のチャンスを確実に掴むための具体的なアクションとして、イノベーションを持続的に生み出す強固な「エコシステム(生態系)」の構築を提唱した。米国のシリコンバレーが世界的な技術革新の中心地であり続ける最大の理由は、起業家、最先端の研究を行う科学者、リスクマネーを提供するベンチャーキャピタリスト、そしてそれを社会実装する既存の産業界のプレイヤーたちが一堂に会し、日常的に交流して互いに支援し合う「場」と「文化」が存在するからである。

今回、NVIDIAが日本の首都である東京に新たなAIエンジニアリング拠点を設立したのも、単なる開発オフィスの開設という枠を超え、まさにシリコンバレーのような有機的なエコシステムを日本国内に創出するための重要な布石であるといえる。フアン氏は会場に集まった日本のスタートアップ経営者、科学者、投資家、そして大企業の幹部らに対し、「ここ東京に皆様が集まり、互いに支え合って次世代の素晴らしい企業を生み出せる条件を作らなければならない」と強く呼びかけた。

NVIDIAのジェンスン・フアンCEO

かつて、33歳の無名の起業家であったフアン氏の情熱を日本のセガが救ったように、今度はNVIDIAが提供する強大なAIインフラストラクチャーが、日本の次世代の起業家や研究者たちを力強く後押しすることになる。物理科学とメカトロニクスの分野で世界を牽引してきた日本が、NVIDIAの最新AI技術という最高峰の「頭脳」を手に入れたとき、どのような革新的な製品やサービスが世界に向けて生み出されるのか。「日本の時代」の再来を強く予言するフアン氏の言葉は、デフレ経済からの完全脱却と次世代産業の育成を目指す日本のビジネス界にとって、極めて強力なエールであり、同時に、一刻も早い事業変革を促す警鐘でもあると言えるだろう。

記事提供元:タビリス