観光を起爆剤に誇れるわが街に 渡部晶(財務省勤務) 観光白書が着目した稼ぐ力
2023/6/28 10:57 ジョルダンニュース編集部
政府は6月13日、令和5年版観光白書を閣議決定した。新型コロナウィルス感染症から回復に向かう世界と日本の観光の動向を分析し、新たな観光立国推進基本計画が目指す「持続可能な形での観光立国の実現」の鍵となる「稼ぐ力」に着目したという。
白書では「観光は極めて裾野の広い産業であり、個々の産業に関する統計は整備されているものの、それらから全貌を把握することが困難である」と指摘する。そのため、国連世界観光機関(UNWTO)が策定する国際基準に準拠して、日本では観光庁、世界各国の観光機関が毎年実施し推計しているのが、旅行・観光サテライト勘定(TSA: Tourism Satellite Account)である。
この取り組みは、国内総生産(GDP)などを集計する国民経済計算(SNA)と整合的であることが大きな特徴である。これにより、「観光の付加価値額である観光GDPなど、観光産業の直接的な経済効果、雇用効果の大きさを明らかにする」ことができ、諸外国と同じ物差しで比較・検討することが可能になる(注1)。
なお、県民経済計算と連携した県ごとのTSAの整備も重要だ。しかし、観光産業が県経済の柱である沖縄県において検討する動きが見えないことは誠に残念だ。島嶼学の提唱者である嘉数啓(かかずひろし)・琉球大学名誉教授(元沖縄振興開発金融公庫副理事長)は沖縄におけるその必要性をつとに指摘している(注2)。
観光GDP(国内で生産した観光サービスのうちの付加価値額)を他国と比較してみると、日本は11.2兆円(2019年)で新型コロナ感染拡大前まで増加傾向で、主なTSA導入国のなかでは、米国、ドイツ、イタリアに次ぐ規模ではある。しかし、経済全体に占める比率は2%で、先進7カ国(G7)平均の4%と大きな差がある。特に、前回の投稿(注3)で指摘した観光分野での1つの目標であるスペインの7.3%にははるかに及ばない。
また、雇用者報酬を公表しているアメリカとスペインとの比較では、1人当たりの雇用者報酬(2019年)は、宿泊業でみると、雇用者に分配される比率はあまり変わらないのに、日本(237万円)は、アメリカ(489万円)、スペイン(404万円)に比べてかなり低いことがわかる。
白書は、以上紹介した分析を踏まえ、観光の付加価値(就業者1人当たり)を官民一体になって高めることの重要性を指摘する。ここで、付加価値をあげるには、客単価をあげることと顧客数を増やすという2つの方策がある。
日本の観光産業の構造的課題としてあげられる一つが、旅行需要の季節変動が大きく、雇用を安定させられないことだ。旅行需要が年間を通じて平準化する形で顧客数を増やし、宿泊施設の稼働率が安定的に推移すれば、雇用も安定して、人的投資をきちんと行うなど前向きな取組みが生じ、結果として客単価を上げることができる。そうして付加価値の向上、雇用者報酬の増大が期待できるようになる。
今回の白書で、観光地域の「稼ぐ力」による地域活性化の好事例として分析・紹介されているのは、群馬県渋川市・伊香保温泉、兵庫県豊岡市・城崎温泉、宮城県気仙沼市である。
特に注目したいのが、芸術文化観光連携に取り組む豊岡市の事例だ。2021年に兵庫県が豊岡市に設置した、公立大学としては二つ目の専門職大学が芸術文化観光専門職大学だ。初代学長に就任した平田オリザ氏は、劇作家として世界的にも著名だが、学長メッセージの中で「観光と芸術文化は、これからの地域活性化のための切り札と考えられています。この専門職大学は、観光振興や芸術文化振興を通じて、豊かな地域社会を作り出す、その新時代を担う人材の育成を目標としています。
ここで言う『地域』とは、国内の『地方』だけを指すのではありません。国内外の地域と地域を結びつけ、観光やアートを通じて、直接的に人を呼び込む流れの工夫を、私たちは作っていきたいと考えています。」(注4)という実に豊饒な視点を提示する。
この大学を擁する豊岡市を含む但馬地域の今後の動向は日本の観光の将来を展望する中で見逃せないものとなった。
(本稿は個人的見解である)
渡部晶(わたべ・あきら):1963年福島県平市(現いわき市)生まれ。京都大学法学部卒。1987年(昭和62年)大蔵省入省。福岡市総務企画局長を30代で務めたほか、(株)地域経済活性化支援機構執行役員、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、沖縄振興開発金融公庫副理事長などを経て、現在、財務省大臣官房政策立案総括審議官。いわき応援大使。学習院大学法学部政治学科非常勤講師(2023年度前期)。産業栽培メディア「月刊コロンブス」(東方通信社)で書評コラム「読書の時間」を執筆中。
(注1)https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000517.html
第Ⅰ部第3章第2節「観光分野における「稼ぐ力」の現状と課題」(白書本文33頁~41頁)
(注2)拙稿「「魅せる沖縄」の今後 ~沖縄経済の現況を踏まえて」『ファイナンス』(令和元(2019)年5月号)26頁。https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11986231/www.mof.go.jp/public_relations/finance/201905/201905f.pdf
(注3)拙稿「マスク然り、世界の流れから取り残されている」https://news.jorudan.co.jp/docs/news/detail.cgi?newsid=JD1685068312092
(注4)https://www.at-hyogo.jp/about/message.html
白書では「観光は極めて裾野の広い産業であり、個々の産業に関する統計は整備されているものの、それらから全貌を把握することが困難である」と指摘する。そのため、国連世界観光機関(UNWTO)が策定する国際基準に準拠して、日本では観光庁、世界各国の観光機関が毎年実施し推計しているのが、旅行・観光サテライト勘定(TSA: Tourism Satellite Account)である。
この取り組みは、国内総生産(GDP)などを集計する国民経済計算(SNA)と整合的であることが大きな特徴である。これにより、「観光の付加価値額である観光GDPなど、観光産業の直接的な経済効果、雇用効果の大きさを明らかにする」ことができ、諸外国と同じ物差しで比較・検討することが可能になる(注1)。
なお、県民経済計算と連携した県ごとのTSAの整備も重要だ。しかし、観光産業が県経済の柱である沖縄県において検討する動きが見えないことは誠に残念だ。島嶼学の提唱者である嘉数啓(かかずひろし)・琉球大学名誉教授(元沖縄振興開発金融公庫副理事長)は沖縄におけるその必要性をつとに指摘している(注2)。
先進7カ国と大きな差がある観光GDP
観光GDP(国内で生産した観光サービスのうちの付加価値額)を他国と比較してみると、日本は11.2兆円(2019年)で新型コロナ感染拡大前まで増加傾向で、主なTSA導入国のなかでは、米国、ドイツ、イタリアに次ぐ規模ではある。しかし、経済全体に占める比率は2%で、先進7カ国(G7)平均の4%と大きな差がある。特に、前回の投稿(注3)で指摘した観光分野での1つの目標であるスペインの7.3%にははるかに及ばない。
また、雇用者報酬を公表しているアメリカとスペインとの比較では、1人当たりの雇用者報酬(2019年)は、宿泊業でみると、雇用者に分配される比率はあまり変わらないのに、日本(237万円)は、アメリカ(489万円)、スペイン(404万円)に比べてかなり低いことがわかる。
白書は、以上紹介した分析を踏まえ、観光の付加価値(就業者1人当たり)を官民一体になって高めることの重要性を指摘する。ここで、付加価値をあげるには、客単価をあげることと顧客数を増やすという2つの方策がある。
日本の観光産業の構造的課題としてあげられる一つが、旅行需要の季節変動が大きく、雇用を安定させられないことだ。旅行需要が年間を通じて平準化する形で顧客数を増やし、宿泊施設の稼働率が安定的に推移すれば、雇用も安定して、人的投資をきちんと行うなど前向きな取組みが生じ、結果として客単価を上げることができる。そうして付加価値の向上、雇用者報酬の増大が期待できるようになる。
地域活性化の切り札、観光と芸術文化
今回の白書で、観光地域の「稼ぐ力」による地域活性化の好事例として分析・紹介されているのは、群馬県渋川市・伊香保温泉、兵庫県豊岡市・城崎温泉、宮城県気仙沼市である。
特に注目したいのが、芸術文化観光連携に取り組む豊岡市の事例だ。2021年に兵庫県が豊岡市に設置した、公立大学としては二つ目の専門職大学が芸術文化観光専門職大学だ。初代学長に就任した平田オリザ氏は、劇作家として世界的にも著名だが、学長メッセージの中で「観光と芸術文化は、これからの地域活性化のための切り札と考えられています。この専門職大学は、観光振興や芸術文化振興を通じて、豊かな地域社会を作り出す、その新時代を担う人材の育成を目標としています。
ここで言う『地域』とは、国内の『地方』だけを指すのではありません。国内外の地域と地域を結びつけ、観光やアートを通じて、直接的に人を呼び込む流れの工夫を、私たちは作っていきたいと考えています。」(注4)という実に豊饒な視点を提示する。
この大学を擁する豊岡市を含む但馬地域の今後の動向は日本の観光の将来を展望する中で見逃せないものとなった。
(本稿は個人的見解である)
渡部晶(わたべ・あきら):1963年福島県平市(現いわき市)生まれ。京都大学法学部卒。1987年(昭和62年)大蔵省入省。福岡市総務企画局長を30代で務めたほか、(株)地域経済活性化支援機構執行役員、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、沖縄振興開発金融公庫副理事長などを経て、現在、財務省大臣官房政策立案総括審議官。いわき応援大使。学習院大学法学部政治学科非常勤講師(2023年度前期)。産業栽培メディア「月刊コロンブス」(東方通信社)で書評コラム「読書の時間」を執筆中。
(注1)https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000517.html
第Ⅰ部第3章第2節「観光分野における「稼ぐ力」の現状と課題」(白書本文33頁~41頁)
(注2)拙稿「「魅せる沖縄」の今後 ~沖縄経済の現況を踏まえて」『ファイナンス』(令和元(2019)年5月号)26頁。https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11986231/www.mof.go.jp/public_relations/finance/201905/201905f.pdf
(注3)拙稿「マスク然り、世界の流れから取り残されている」https://news.jorudan.co.jp/docs/news/detail.cgi?newsid=JD1685068312092
(注4)https://www.at-hyogo.jp/about/message.html
記事提供元:タビリス