花街として栄えた昭和レトロな路地空間の空き家再生。高齢化対策も同時進行で、まちが息を吹き返す

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門前町・花街・バラック街…お寺と共に歴史を刻む路地にかつての賑わいを


空き家や古民家を活用したまちおこし活動が各地で行われている今日。
愛知県岡崎市の松本町でも空き家と路地を資源とした地域再生が進められている。

徳川家康公生誕の地である岡崎市には家康ゆかりのスポットが多く点在する。
家康公が父広忠の菩提を弔うために建立した松應寺(しょうおうじ)もその一つで、このお寺を核として、江戸時代は門前町、明治末期から昭和中期頃までは芸妓が歩き、三味線の音が響く華やかな花街として栄えたのが松本町だ。
中心市街地の一角にある同町は、終戦間際の岡崎空襲でまちの8割を焼失。戦後は松應寺境内に闇市ができ、バラックが建ち並び、ひしめき合うように建つ軒の低い家屋の上には木造アーケードがかかった。その姿は現在もそのまま残り、かつて花街だった風情を残す路地空間はタイムスリップしたような昭和レトロを漂わせている。

時代から置き去りにされたような風景が広がるこの界隈では、その多くが空き家となり、住民の高齢化も進んで空洞化がまちの課題となっていた。
そんな中、6年ほど前に始まったプロジェクトによって空き家を活用したまちの再興が功を奏していると知り、現地を訪ねることにした。


戦後、境内地に木造長屋が建てられ商店街化した「松應寺横丁」。時が止まったような雰囲気と木造アーケードが印象的



空き家再生と高齢者支援を目的とするプロジェクト発足


大半が空き家となり閑散としたまちに、「花街の風情を残しつつ当時の活気を取り戻そう!」と2011年7月に発足したのが【松應寺横丁まちづくり協議会】だ。
町民・松應寺・市内のまちづくりNPO法人『岡崎まち育てセンター・りた』の三者で企画され、『りた』が松本町独特の路地や街並みの良さに惹かれたことから始まり、そこから松應寺住職や地元の人に声をかけ周囲も呼応。手はじめに町の人々にアンケートを行ったところ、「空き家・空き店舗の減少」「少子高齢化」がまちの課題として浮かび上がり、皆が共通の問題意識を持っているのが見えたという。

そこで、まちの再生を計る第一歩として、境内を活用した縁日「松應寺横丁にぎわい市」を同年11月に開催。地元のご婦人や学生、シニアをはじめ地元以外の若者や福祉団体も賛同し、25組の出店・出演者が名乗りを上げた。かつて境内の中で駄菓子屋を営んでいた方のお孫さんが露店で駄菓子屋を復活させたり、地元大祭のお囃子や和太鼓グループの演奏、手づくり雑貨や昔ながらの遊びブースなどユニークな露店が並んだ。
ふたを開ければ当日は参道を歩けないほどの人・人・人…。1日1,000人もの人出を記録し、予想をはるかに上回る反響に。継続が決まった翌年春の2回目の市でも1,500人が横丁に足を運び、皆が驚く大盛況となった。

市は現在も年2回の定期開催として続いているが、その賑わいはあくまでイベント開催時であって“日常”ではない。日常的なまちの賑わいに繋げるため、気軽に立ち寄れる拠点づくりへとプロジェクトは進んでゆく。


2階の手すりなど、かつて花街だった風情を残す松應寺横丁。奥に見えるのは、岡崎空襲での焼失を免れた太子堂



所有者不明の空き家や、定常的な家貸しへの難色。そんな中で訪れる転機


次のステップとなったのは『松本なかみせ亭』の開設。
県の助成金も受けながら築60年以上の木造2階建ての空き家をリノベーションした同店は、手づくりごはんが楽しめる飲食店であり、24に区切られた壁一面の棚にアマチュア作家たちの作品が並ぶ雑貨店。筆者の印象では“おばあちゃんの家みたいな手づくりカフェ”で、誰もが立ち寄りやすいまちの拠点として2012年9月にオープンした。

こうして空き家再生の0が1になったが、やはり一番の“キモ”となるのは、空き家のマッチング。

「まちの大半が空き家・空き店舗」であり「その建物を活用したい」と思っても、建物の所有者に譲ってもらう・貸してもらうことが出来なければ無理な話である。そもそも、その所有者すら不明という場合も。
実際、マッチング業務を行う【松應寺横丁まちづくり協議会】が全空き家の所有者を探し出すのに2年の月日を要しており、賃貸・売却の交渉についても、見ず知らずの希望者に建物を委ねることや定常貸しに難色を示す所有者も当然いる。それを、ひたすら地道に・真摯に・丁寧に、これまでの経験や地域からの信頼性を元に繋ぎ役を担ってきたわけだ。

このように高く繊細な壁にぶつかりながらも、『松本なかみせ亭』に関しては、候補となっていた空き家の一つが奇遇にもプロジェクトメンバーの親戚所有であったことから実現が叶ったと聞く。
空き家再生の実例ができたことに加え、翌年には現代アートの祭典【あいちトリエンナーレ2013】の一会場として松本町が選ばれ、県がこの界隈の空き家を何軒か借りる好機が巡る。「県が借主」となればマッチングはスムーズに進み、それが大きな転機であり弾みになった。


10年以上も人の手が入っていない空き家の修繕・改修は費用面の苦労も多く、少しでも節約するために、壁塗りや床貼り、コンクリート打ち…いろいろな作業を皆で協力し合いながら行った。『松本なかみせ亭』と同じく、手作り雑貨が所狭しと並ぶ『うさぎとかめ』(写真)もそんなお店の一つ



会員制のお弁当屋や“まちの縁側”となる交流拠点で進める高齢者支援


その後は店舗も増え、メディアへの露出も増えることで注目が集まった(ご当地キャラのオカザえもんがブレークしたことも好影響だったとか)。
空き家再生での注目度が上がると、まちの“ヤル気”も俄然上がり、『りた』がきっかけで始まったプロジェクトも、まちの内部から声が上がるように。団結力もアップし、元来お祭り好きの花街気質も手伝ってか、活気づく松本町は市内でも一目置かれる町内になっていったという。

そうなれば、次に進めるべくはプロジェクトのもう一つの目的であった高齢化対策。

町内在住の高齢者に「暮らしのお困りごと調査」を行ったところ、近所のスーパーや個人商店の閉店による“買い物難民化”が判明した。
そこで、週に1回・夕方1時間に限って営業する会員制のお弁当屋『一松』をスタート。宅配ではなく店に買いに来てもらうことで、家にこもりがちな高齢者たちの交流拠点になり、安否確認や体調変化も確認できる“地域の見守り”にも繋げた。
料理が得意な地元住民がお弁当をつくり、近所の人も配食を手伝う同店には、近所の飲食店から使わなくなったお膳が提供されたり、近所の方から食材が届けられたり…町の人々が協力し合って支援の輪を広げているのも心地よい。

お年寄りの外出機会づくりでは、昨年5月オープンの『おしゃべりサロンじゅげむ』もそのひとつである。
横丁の一角にある木造2階建ての広いサロンは、元は10年以上空き家になっていた呉服店。そこを購入した代表の柴田さんが、日曜大工が得意な器用さで大部分を改修・改装した。
金~月曜日の週4日営業で、笑いヨガやマッサージ、麻雀教室に陶芸教室、占いなど誰でも参加できるプログラムが行われている他、気軽に立ち寄って談笑したり、『松本なかみせ亭』で注文したコーヒーや食事を“デリバリー”してもらって飲食したり。前述のお弁当を一緒に食べる会が行われるなど、元気なお年寄りも多い中で地域交流の場ができたことは、下町情緒あふれる横丁の活性化に貢献しそうだ。老若男女問わず、思い思いに寛ぎ、集う場所として“まちの縁側”を目指すという。

ちなみに、『松本なかみせ亭』の買い物袋として使われている「古新聞エコバッグ」は、地域のお年寄りが作ったもの。これを一例として、高齢者を「支援する」だけではなくシニアパワーの活用も行われていることを加えたい。


廃業した銭湯から譲り受けたという年代物の下駄箱が出迎える『おしゃべりサロンじゅげむ』。サロンの名付け親は松應寺ご住職</br>奥さまが切り盛りする『松本なかみせ亭』に関わるうちに、まちの魅力に惹かれサロンをオープンしたという柴田さん。</br>改修の大半を自ら行い、愛着もひとしおの様子。「一軒だけでなく街ぐるみで空き家再生・地域活性を進めたい」と話す



『共感』を得るまちづくりで「自分達が望むまち」「安心して死ねるまち」に


お話を伺った『りた』代表の天野裕さんは、東京の大学でまちづくりを学んだ後、地元の岡崎に戻り今に至っている。
ただ、生まれ育ったのは他の町内で、プロジェクト開始を機に家族で松本町に移り住んだ御人だ。その想いや“本気さ”がまちの人々にも伝わって、良好な人間関係のもと一枚岩でプロジェクトを進められている気がした。

そんな天野さんに、「まちづくりとは何だと思いますか?」と質問してみた。

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昔は皆で寄り合ってやっていたものであって、
本来まちづくりは“自分たちでできる”もの。
ところが、今は皆が忙しく、まちづくりが仕事になるような時代。
自分たちで目を配り、解決していたことが、人まかせ・行政まかせになっています。

『部屋づくり』は自分で、『家づくり』は家族でします。
では、『まちづくり』はどうでしょう?
行政や専門家がするものでしょうか?

“自分たちでできる”ことに気付けば、まちのために出来ることは広がり、
持ちつ持たれつで関われば、まちへの愛着も増し、生き甲斐にもなります。

まちづくりは一人では出来ません。共感してもらうことが必要です。

自分たちで声を上げ、関わっていかないと
自分たちの望むまちにはならないのではないでしょうか。(天野さん談)
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「自分のまちを『安心して死ねるまち』にしたい」と天野さん。

空き家を、歴史を、ここで暮らす人たちとの繋がりを
まちの共有財産として、“自分ごと”で行うまちづくり。

誰のためのまちなのか?に立ち返り、
人の想いが変われば、まちも嬉しい変化を遂げると信じたい。


■特定非営利活動法人 岡崎まち育てセンター・りた
http://www.okazaki-lita.com/


プロジェクトの牽引役であり、松本町民でもあるNPO法人『岡崎まち育てセンター・りた』代表・天野裕さん。</br>まちづくり活動支援の頼れる存在として、地域と良い関係を築いている/智子さん(右)はじめお店の「おかあさん」達との触れ合いを楽しみに足を運ぶ常連さんも多い『松本なかみせ亭』前にて



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