佐久島の黒壁集落を守る「黒壁運動」と『大葉邸』を蘇らせたアートとボランティアの力

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「三河湾の黒真珠」黒壁集落の景観を守る


「三河・佐久島アートプラン21」の成功で、"アートに出会う島"として人気が定着した佐久島。
実はもうひとつの呼び名があることをご存知だろうか。

「三河湾の黒真珠」―。

「主に、島の西部にある黒壁集落をギリシャ・ミコノス島の"エーゲ海に浮かぶ白い宝石"に対比させた言葉で、名古屋市立大学芸術工学部部長・瀬口哲夫教授がつけたキャッチフレーズです」と教えてくれたのは西尾市佐久島振興課・山下桂さん。

黒い板壁に囲まれた家並みは島固有の景観として評価され、「島の宝として次世代に引き継いでいきたい、活かしていきたい『島の宝100景』(国土交通省2009年選定)」にも選ばれ、同年、「にほんの里100選(※)」にも選ばれた。

黒壁集落の景観を守るための取り組みについて、山下さんと島民の有志が集まる「島を美しくつくる会」(通称:つくる会)会長の鈴木喜代司さんに聞いた。


※朝日新聞社、公益財団法人森林文化協会主催。映画監督の山田洋次氏が委員長を務めている


島の西地区に多く残る黒壁集落。山下さんによると、正確には把握できていないが現在は空き家も含めて100軒以上は残っているとのこと。集落は家と家が入り組んでいて、歩いていると道に迷う人も多いそう。「風よけのためにあえて家を互い違いに建てて、集落を守っているんです」と鈴木さんが教えてくれた



島固有の財産を守るため「黒壁運動」をスタート


「もともと船底にぬる塗料として使っていたコールタールを、家の外壁に塗って、潮風から家を守っていたんです。佐久島は地形的に西のほうが小高くなっていて、東に比べると台風の影響を受けにくかったこともあり、今でも西地区には多くの黒壁の家が残っています」と鈴木さん。

コールタールとは石炭を乾留する過程でできるもので、ドロッとした黒い液体。防錆・防腐のための船の塗料を家にも流用し、潮害やシロアリなどの害虫から家を守る工夫として使われていた。
これを家の外壁に塗る作業はなかなかの重労働だと想像できる。さらに高齢化の波と安くて質のいい外壁材の普及もあって、佐久島一帯に広がっていた黒壁の集落は次第に少なくなってしまったのだそう。それでも、黒壁の景観を島固有の財産として存続させたいと、行政と「つくる会」のメンバーを中心に島民の助け合いで塗り替えを続けてきた。2003年からは島外からもボランティアを募り「三河湾の黒真珠」を守る活動として、黒壁の塗り替え作業「黒壁運動」をスタートさせた。

「島の小中学生はもちろん、今では毎回150人を超えるボランティアがかけつけ参加してくれています。それが功を奏して島の魅力のひとつとして評価されるようになってきました」と山下さんは話す。

現在は安全性のためコールタールは黒のペンキにとってかわったものの、「三河湾の黒真珠」を守りたいという思いはこうした活動によって脈々と受け継がれている。


年に一度冬場に行われる黒壁運動。今では毎回150人を超えるボランティアが参加し、美しい景観の保存修復に一役買っている。<br>写真提供/佐久島振興課



黒壁の空き家がアート作品として息を吹き返す


そんな黒壁集落をアート作品として蘇らせた一軒がある。
アート散策の観光客が多く訪れる「佐久島空家計画(大葉邸)」(平田五郎作)だ。

以前の記事で紹介したように、佐久島は「三河・佐久島アートプラン21」のプロジェクトを通して、「アートに出会える島」として島の活性化を行ってきた。
「佐久島空家計画(大葉邸)」もその一環。
40年以上だれも住んでいなかった築百年をこえる「大葉邸」を、アートの手で蘇らせた作品で、2002年から6年間、計6回のワークショップを重ねて完成した。

第一回目は平田氏と「つくる会」のメンバーが中心となり、庭を作るところからはじまった。
「最初はもう、庭が竹やぶという状態でした。草刈りからはじめて敷地内を綺麗にしたあと、浜から石をみんなで荷車に積んで運んだんですよ。本当に大変でした(笑)」
と鈴木さんは当時を振り返る。

島特有の"佐久石"と呼ばれる丸いつるつるした石を敷き詰めた庭「緑の庭」、敷地内の一室を白い漆喰で塗りつぶした「白い部屋」のほか水屋やくどを作品化、制作過程を島の文化交流拠点「弁天サロン」で展示してきた。(現在は終了)。


写真上:2003年のワークショップで作品化された「白い部屋」。黒壁の外壁と対照的な白の漆喰がアーティストとボランティアの手で塗られた。<br>写真下:浜を何往復もして佐久石を庭に敷き詰める作業はかなりの重労働だったそう。できた庭は「緑の庭」と名付けられた<br>写真提供/佐久島振興課



古き良きものにアートの力で新しい価値を与える


大葉邸の完成までには150人近くの学生がボランティアとして参加し、ワークショップという形で空家をアート作品にする取り組みは、島民も巻き込んでいった。

「空き家にいっぱい人が集まって何をやっているのか、と島の人らも声をかけてきて、なかには差し入れを持ってきてくれる人もいてボランティアとの交流もできました。島民にも"アート"に関心をもってもらうきっかけになったんじゃないでしょうか」
と鈴木さん。

さらに
「島の外の人たちから島のよさを教えてもらいました。手付かずの自然やのんびりした雰囲気など、ずっと住んでいるとあたり前のことでも、島の外から来た人が『いいね』と言ってくれることで、自分たちの財産に改めて気づくことができたと思います」と話す。

だれも住んでいなかった空き家に人の手が入り、観光客が常に訪れる場所になったことで一軒の黒壁の家が息を吹き返したのだ。


佐久石を敷き詰めた庭に造られた溝からは地下水脈が見える。荒れた空き家に命を吹き込んだ動脈のようだ。<br>屋外は見学自由だが、室内見学は「弁天サロン」で申し込みが必要 <br>写真提供/佐久島振興課



島の宝を活かし守るための努力が実を結ぶ


アートプロジェクトの紆余曲折を経た再出発、過疎化に歯止めをかけるべくはじめた移住定住促進の試み、そして島の人が守ってきた「三河湾の黒真珠」を存続させるための工夫と、これまで3回にわたって佐久島の島おこしについてお伝えしてきた。

そのどれもが、島を愛する人たちが、島の宝を活かし守るために何をしたらいいのかを考え続け、力を注いできた努力が長い時間をかけて実を結んでいるのだと感じた。
島を守ろうとする人たちの"地元愛"、海で隔たれた島だからこそ変わらずに残っている日本の原風景、佐久島を訪れたらきっとそれらを感じることができるだろう。


【取材協力】
西尾市役所佐久島振興課
http://sakushima.com/guide/koutuu_kouji.php

※参考資料
「佐久島体験マップ」
「佐久島の概要」平成28年度版 


人口わずか239人の佐久島。信号もコンビニもスーパーもない。<br>穏やかな海に囲まれた自然豊かな島では、時間の流れがゆるやかに感じられる。写真提供/佐久島振興課



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