日本最古、1924年製のエレベーターが今も活躍する京都「東華菜館」

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ヴォーリズが設計した唯一のレストラン建築が京都に


京都の中心部を流れる鴨川と、東西に走る四条通りが交差する四条大橋。その西詰に建つ「東華菜館(とうかさいかん)」は、1945(昭和20)年から営業を続けている中国料理店だ。この建物は、1926(大正15)年、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計によって竣工した。
ヴォーリズは、大学や教会など美しい建築を多く残したことで知られるが、レストラン建築としては東華菜館だけ。直線と曲線を組み合わせた天井や梁、腰板などの意匠が美しく、ヴォーリズが設計した家具や調度品も、店内に多く残されている。

元々は、西洋料理店の「矢尾政」が、大正期にブームとなったビアレストランをイメージして、1924年にヴォーリズに設計を依頼したという。しかし、第二次世界大戦中に、時節柄“洋食”のレストランの存続が難しくなり、店主の浅井安次郎さんはこの建物を、中国人の友人、于(う)永善さんに託した。于さんは、中国・山東省の出身で、大連で北京料理のベースである山東料理を修得しており、京都出身の妻とともに、北京料理店の開店を目指した。

創業者の孫にあたる于修海さんによると、「戦時中には市民の避難所となったり、照明器具などスチール製の設備を供出したりしたそうですし、戦後にはGHQの接収対象となりかけたこともあると聞いています。なぜ前の持ち主の浅井さんがヴォーリズさんに設計を依頼なさったのか、経緯は今となってはわかりません」。
この店は、ヴォーリズが基本設計をし、詳細設計はヴォーリズ設計事務所に属している建築家の佐藤久勝さんが担当したことがわかった。つまり東華菜館は、大阪の大丸百貨店心斎橋本店(現在、改築中)と同じ歴史を刻んでいることになる。


京都・四条大橋の西詰に建つ東華菜館。最上階に塔屋を抱いた5階建ての建物は、古都の中心部でひときわ目を引く。屋上にエレベーターの昇降設備が設置されている。東側は鴨川をはさんで、南座と向かい合っている



スパニッシュ・バロック様式の建築に見える、イスラムや中国のエッセンス


スパニッシュ・バロック様式の洋館として竣工したこの建物の玄関ファサードには、山羊や魚類、巻貝など、海の幸や山の幸がモチーフに使われ、デコラティブな装飾を特徴としている。スペインの建築には、イスラム圏の影響を色濃く受けた例が少なくないが、ここは床材に黒檀が使われたり、中国の行灯風の照明がつけられたり、西洋と東洋が交わる内装が魅力となっている。

幸いにも、第二次世界大戦の戦火を免れた京都ゆえに、東華菜館は終戦すぐの1945(昭和20)年末に、オープンすることができた。以来、京都の地元の人々が普段のランチに立ち寄ったり、家族のお祝い事に個室をとって料理を楽しんだり、旅行客が名建築を楽しみながら食事をしたり、地域に根ざしたレストランとして発展してきた。
経営が創業者から息子世代、孫世代へと受け継がれたように、お客さんたちも2世代、3世代と続いている。


玄関ファサードには、山羊やタツノオトシゴ、巻貝、魚類など、山の幸や海の幸のエキゾチックでデコラティブな装飾が目立つ(左上)。室内の柱にも、タツノオトシゴのモチーフが描かれている(右上)。1階のドアの上部にはタコが足を大きく開げ、客を迎えている(下)



料理だけでなく建物も楽しみにしているお客さんのために丁寧な管理と維持を


建物の管理・維持は、建物の所有者の于さん一族が営々と担ってきた。竣工後92年ともなれば、日頃の管理・維持にも、定期的な修繕にも大変な手間がかかる。
「この建物を楽しみに来店してくださるお客さまもいらっしゃるので、補修することは重要な設備投資の一つだと考えています。なるべく竣工当時のままを残すと決めているのですが、竣工当時の設計図はなく、写真や資料を頼りに修復したり、元の色が再現できないので、少し色合いを変えた部分もあります。何よりも毎日、営業をしながらなので、少しずつ手を入れていくしかありません」と于修海さん。
数年前からは、一粒社ヴォーリズ建築事務所の協力を得ながら、維持・修繕をしている。

一度、失敗したら、取り返しがつかない…。経年劣化する建物や建具、内装に、「慎重に」手を入れていくのは、そんな思いがあるからだ。元々スチール製だった窓枠は、風雨にさらされて劣化していたが、同じデザインを維持しながら現代のステンレス製の窓枠に変更した。ただし、窓の開閉方法や鍵などは、前と同じデザインや方法を守っているので、お客さんには「いつ来てもいいなぁ、美しいなぁ」と感心される。


大きな宴会場から中規模、小規模な個室まで、部屋ごとに内装や建具が異なる。天井画の彩色は、オリジナルに合わせて改修し(上)、窓はデザインを変えずに材質をスチールからステンレスに変更し、往年の趣を維持している(下)



店内で燻し銀の美しさを放っているヴォーリズ設計の家具や調度類



ヴォーリズ自身が設計した家具や調度類も多い。飾り棚と花台(左上)、長椅子(右上)、サイドテーブル(左下)、背の低い家具(右下)など、手入れが行き届き、黒々と光り輝いている。ヴォーリズ作品にあわせて、工夫して作ったオリジナル家具類もある



歴史的価値のある建築や設備を、活用しながら管理・維持・修繕する難しさ


特筆すべきは、この店には1924年にアメリカで製造され、輸入されたOTIS社のエレベーターがあり、今も現役で活躍していることだ。
以前に、日本橋三越百貨店に同じ様式の古いエレベーターがあったが、それが現役を退いて以来、現存するエレベーターとしては日本で最古となった。

昇降は運転手による手動式なので、利用するたび従業員が操作して、1階から2階、3階、4階、5階へとお客を運ぶ。店の構成は、地下に厨房、1階が待合室、2階が小規模な個室、3階が中規模な個室、4階が宴会場となっている。5階はテラス部分に新たに加えられた空間で、一般客が食事に利用できる。古い時代の床タイルや電話室なども残っていて、90年超の歴史があちこちに見える。鴨川を挟んだ真向かいには南座(現在、改築中)が見えて、窓からの景色はすばらしい。 
エレベーターは13人乗りで、重量表示は2000LBSと書いてある。LBSとはポンドのことで、このエレベーターがまさに外国製であることがわかる。扉は蛇腹方式で、2方向から開く設計になっている。静かに、ゆったりと昇降して、なんとも上質な雰囲気がエレベーター内に漂う。
エレベーターの階数表示板が、壁の上部についている。1階から4階までは上向きの半円状で、最上階は下向きの半円状。いま、エレベーターがどう動いているか、時計のように針が動いて知らせる。半円形の階数表示板は古い建築でも見かけるが、下向き半円は珍しい形状だ。

東華菜館のエレベーターは2週間に1回のサイクルで点検している。エレベーターの維持管理については建築基準法で保守点検や定期検査が定められているが、一般的な設備よりかなり丁寧に保守点検していることになる。その分、維持費用もかさむ。
人を運ぶだけでなく、瓶類等の備品を運ぶ台車もこのエレベーターを使う。
「従業員達には、口をすっぱくしてエレベーターに台車をぶつけないよう、丁寧に扱うよう、注意していますが、お客さまに注意することはできないので、難しいところです」

歴史的価値のある建物や設備だからといって、その所有や管理が「個人」や「民間」であれば、管理・維持にかかる負担は小さくない。博物館のように一定の予算の下で保存・展示し、入館料をとって見学してもらうのと違って、今ある建築物や設備を自前で活用しながら保存し、歴史的な「価値」を守り、広く世に伝えていくには工夫と困難が伴う。意匠の美しさとともに価値を伝える難しさ、維持し続けることの難しさを、齢94歳の老エレベーターは教えてくれる。


1924年アメリカOTIS社製のエレベーター。ドアは蛇腹方式(上)で、鉄扉と鉄格子が開閉し、古い映画を見ているようなレトロ感が漂う。階数表示板は半円状で、針がエレベーターの動きを知らせる。最上階のみ下向き半円状(左下)。重量は2000LBSとポンド表示だ(左下)



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