【青梅】映画、多摩川、街中華……。散歩の楽しみが揃っている

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マラソンだけじゃない。青梅に行ってみよう


青梅に行ったことがある人は少ないだろう。中央線青梅特快でも東京駅から75分。新宿からでも60分。たしかに通勤圏だが、八王子、高尾方面ではないし、市民でなければ青梅マラソンに参加する人くらいしか行ったことがなくて当然だ。
だがこの青梅、近年はまちづくり活動などが盛んであり、今後の発展が期待できるのだ。

かく言う私も青梅に行ったのは2年前が最初である。街中を映画看板で飾ったり、赤塚不二夫の博物館があるということで、10年以上前から、いつか行こうと思いながらも、ずっと行かなかった。やはり自宅のある吉祥寺からは遠いし、ついでにどこかに寄ってくるという場所でもないからだ。

だが、知り合いの建築家の先生から、三浦さんに紹介したい人がいる、とても有能な女性だと言われてお会いしたのが、國廣純子さんだった。
國廣さんは、慶応大学卒業後、日銀に入社、その後、建築設計事務所、中国での地域開発などの仕事をしてきた、というちょっと変わった経歴の持ち主。中国から帰国後、知人に、青梅市が街の活性化のために働くタウンマネージャーを捜している、応募してみないかと誘われ、応募した。中国で地域づくりができるなら青梅でもできるだろうと言われ、即、嘱託のタウンマネージャーとなった。2013年のことである。
格好のコネクションができたので、実は青梅には1度行ってみようと思っていたのに行けてないんですよ、今度案内してください、ということになり、14年5月、私は初めて青梅を訪問。以来、5度訪問した。

青梅と言えば梅だが、今は梅は栽培していない。数年前に細菌が流行り、梅が全滅したからだ(なお、2016年秋より再植樹が始まった)。
だが梅だけが青梅の特産ではない。まずタオルのホットマン。ホットマンの店舗がある都市は消費水準が高いとマーケティング業界では言われるほど、質の高いタオルだ。この本社が実は青梅市だ。
それから精興社。といっても普通はわからないだろうが、岩波書店を中心に大手出版社の辞書、書籍の活字を作る会社である。これが青梅市にある。
小説「徳川家康」で国民的作家となった吉川英治の記念館も青梅にある。戦争中に疎開していたからである。


昭和レトロ商品博物館



昭和20年代に夜具地(やぐじ)で街中が繁栄


タオルのような繊維製品をつくる土壌は昔からあって、特に、昔の布団を覆う生地、これを夜具地というが、その夜具地の一大産地だったのだ。
もともと青梅には青梅縞(おうめじま)と呼ばれる絹と綿の交じった織物が15世紀からあったと言われ、1762年には大丸で売られていたという。江戸時代の『江府風俗史』という本には、江戸の流行のファッションについて書くくだりで、「男児は青梅縞に限る」と書いてあるそうである。(『青梅歴史物語』青梅市教育委員会、1989)

このように、最初は着物の生地だったが、次第に綿入れのかい巻きなどの夜着、どてら、半纏、そして夜具地として青梅の織物が使われるようになり、大正10年ごろには青梅の織物の年間生産高は最高となり、組合員数は500名近くなったという。
さらに戦後、綿織物の夜具地は安価で生活必需品となり、物が不足した1947年から朝鮮戦争を経て10年間ほどのあいだが、夜具地の生産がピークとなり、「ガチャマン景気」と呼ばれた。機織機がガチャと動けば万の金が入るからである。
サラリーマンの月給が4~5000円の時代に織機10台で月10万円の収入が得られた。すると農業をやめて、田畑を手放し、山を売って織機を買う人が増える。

それにつれて娯楽産業も増え、映画館、ダンスホール、ボーリング場、スケート場、ビリヤード場などが栄えるようになった。洋裁、和裁、生け花、茶道、日本舞踊などの習い事の学校や教室も盛んになった。多摩ドレスメーカー女学院には210人の生徒が通ったこともあるという。(『「青梅織物」 青梅縞から青梅夜具地へ』2013)
事実、1950年に開催された花火大会のプログラムの裏表紙には「観光の青梅 夜具地の青梅 ネオン街の青梅」と書いてある。青梅市本町の料亭「千鳥」の広告だ(今はないが昔は相当賑わった店だという)。実に娯楽と産業で賑わう当時を偲ばせるではないか。
なお、青梅織物工業協同組合の建物と隣接するレンガ造りの織物工場跡は、空いたスペースを使い、夜具地や織物の展示、手作り工房、レストラン、フリースペースなどになっており、アーチストの育成、インキュベーション、作品展示などに使われている。


全盛期の夜具地のポスター(左)と青梅大映(右)



映画を核とした街づくり


映画館は、青梅街道周辺に、昭和の全盛期に、青梅キネマ、青梅大映、青梅セントラルがあった。そうした時代を懐かしむ意味もあり、青梅街道を「銀幕街道」(今は「シネマチックロード」と呼ばれている)と名付け、「ぶらり青梅宿・昭和を楽しむ三館めぐり」が提案されている。この「三館」は映画館ではなく、「昭和レトロ商品博物館」「青梅赤塚不二夫会館」「昭和幻燈館」である。
シネマチックロードを中心に青梅には、冒頭に述べた、昔の映画の手描き看板がいたるところに掲げられている。これはもはや青梅名物と言える。

また、昭和レトロ商品博物館にあるのは、昭和30-40年代のお菓子や薬などの商品パッケージ、おもちゃ、ポスターなどが展示され、赤塚不二夫会館には昭和のギャグマンガ王、赤塚不二夫の絵や写真が、幻燈館には、当初は青梅ゆかりの鉄道コレクションを展示していたが、今は青梅からデビューした創作ユニット「Q工房」の墨絵作家とぬいぐるみ作家の作品が展示されている(なお青梅市と赤塚不二夫には何の縁もない。赤塚不二夫会館をつくりたいと申し出ると、すぐに許諾されたという)。
昭和レトロ商品博物館の2階には雪女の展示がある。なぜか。実はラフカディオ・ハーンの『怪談』に出てくる雪女は実は青梅の話だったのだ。

そういう歴史もあるので、「お化けの夜市」というイベントも開催された。妖怪ブームにあやかり、今年3年目の事業。最初は妖怪伝説のある寺巡りをして巻物を手に入れるスタンプラリーで1000人以上の参加があり、以後、地元商店街が観光協会と協力して自主企画している。


往時の青梅の芸者さんたち



今に残る昭和の味


都心から遠いためか青梅は過剰な開発がなく、江戸、明治以来の蔵のある町家が残っている。それだけでなく、昭和30年代、40年代的な店も残っているのが青梅のいいところだ。

國廣さんのお薦めの昭和の飲食店は、
森万 東青梅のそば屋であり、大衆食堂。東京Xという青梅産の豚肉を使ったそば、カレー、カツ丼がある。
偕楽 青梅の街中華。手打ち麺が上品な味。
登嶋屋 青梅のラーメン、定食の店。やさしい、懐かしい味の醤油味のラーメン。地元のおじちゃんたちは昼からここで酒を飲む。
浜乃家 東青梅のとんかつ屋 上ロース定食や一口カツがおいしい。
私は森万でカツ丼を食べてみた。たしかにやわらくて薄味でおいしい。

古い町家や昭和の商店の空き店舗を使って、國廣さんは株式会社まちつくり青梅という市街地再生の専門会社を通じてアキテンポ不動産という事業も進めている。青梅駅前にアキテンポ不動産のショールームがあり、そこで物件を探す。ホームページやSNSでも閲覧できる。気になる物件があれば随時スタッフが案内するが、毎年定期的に行われる見学会もまちの様々な情報紹介を聞きながら複数の物件を見て回ることができるとして人気を博している。
これまでに、9店舗が埋まった。事業を通して直接手掛けられる店舗は少ないが、相乗効果も相まって4年間で同エリアに50軒の開業を達成している(ちなみに閉業は35軒)。まだまだこれからだが、手応えは少しずつあると國廣さんは言う。

そのひとつが、ロードバイク&ビールバー。青梅は多摩川の渓谷の風景を楽しめるので、川辺でバーベキューをしに来る人も多いが、山の中を自転車でツーリングに来る人も多い。だが、都心のほうから自転車で青梅まで来るのでは大変である。青梅に自転車を預けておいて、青梅までは電車で来る。青梅からツーリングを始めれば秩父まで行って帰ってこられるという。山の中のツーリングを満喫できるのだ。そしてバーでシャワーを浴びて、ビールを飲む、という仕掛け。


森万のかつとん



アキテンポ不動産で街を活性化


アキテンポ不動産を介さなくても、最近は青梅市外から青梅市に店を開く人も増えた。
蔵のあるおもちゃ屋さんは、東京都の登録有形文化財であり、かつ青梅市の景観形成資源だが、昨年ゲストハウスに変わったし、居酒屋だった店(ビルの1階)は、吉祥寺で飲食店を経営する青梅出身の男性がアンティーク専門の英国家具屋に変えた。元かばん店だった住居併用の町家を、30代の移住男性が諸国工芸と布を制作販売するkanno textileもできた。
また、もと材木問屋だった化粧品店の町家は、地元の若手の酒販事業者が来春クラフトビールバーをオープンさせる。奥多摩のビール醸造所と提携し、現在青梅のオリジナルビールを開発中だ。

青梅市の人口は2007年8月の14万186人から2017年8月は13万5,387人に減っている。しかし、50代、60代の転入者は転出者より多く、定年後のゆったりした暮らしを求めて移住者が少しずつ増えているようだ。若い転入者もだんだん増えてきた。実際行ってみると、私もセカンドハウスとか、週末暮らしなどをしてみたくなる。

どうぞ読者の皆さんも一度青梅へ。


青梅にはリノベーション向きの蔵など古い物件が多い



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