入居者DIYでアトリエや花屋に! 築古賃貸なのに大人気の「ニレノキハウス」がすごかった

SUUMOジャーナル

築古の賃貸物件が年々増える中、住み手によるリノベーションが可能な「DIY賃貸」が注目を集めている。しかし、中には退去時の「原状回復」を必須としており、そのメリットが活かされていないケースも多い。
そんな中、「原状回復不要」で住み継がれてきたDIY賃貸の草分け的存在が熊本県熊本市の「ニレノキハウス」だ。オーナーの末次宏成さんと2組の入居者へ、ニレノキハウスの成り立ちと、実際の暮らしについて話を聞いた。

築古マンションに付加価値を

末次さんが元オーナーである両親から3階建・11戸の賃貸マンションを引き継いだのは2011年のこと。
決して条件が良いとは言えないエリアにあり、当時で築27年と古く、全室空室状態だった。そこで末次さんは、従来のような賃貸募集ではなく、入居者が主役になれるような自由に建物をカスタマイズできる賃貸を目指した。
当時は「リノベーション」という言葉もまだ珍しい時代だったが、反響は大きく、オープンハウスには2日間で200名以上が来場。すぐに満室となり、現在に至るまでほぼ満室状態が続いている。
結果的に、リノベーションを通じて入居者・不動産会社・オーナーの親密なつながりが生まれ、ニレノキハウスならではのコミュニティが育ったのだ。

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。 九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。
九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

学生へ、リアルな現場を「教材」として提供

ニレノキハウスのユニークな点はもうひとつある。大学との連携だ。全11戸のうち1戸は熊本大学・熊本デザイン専門学校・九州大学と連携し、学生たちが設計~施工までを行った。階段など共用部の壁画も学生の手によるものだ。

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

大学職員として、もともと産学連携の仕事にも携わってきた末次さん。自身も都市建築デザインやまちづくりを経験してきたことから、「建築を学ぶ学生がリアルな現場を体感できることで、良い教材になる」と感じており、大学との連携が実現した。
学生たちが手掛けた1室もすぐに入居者が決まり、6年にわたり最初の入居者が暮らしていた。その後6年ぶりに空室になると、再び熊本大学の学生たちがリノベーションを実施。現在は次の入居者が暮らしている。

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

アトリエ兼住居として活用。入居者同士の交流も魅力

ここで、ニレノキハウスに入居している2組の暮らしを見せてもらった。

園田さんご家族は、2012年のリニューアル当初からニレノキハウスに暮らし続けている。夫妻で花屋を経営しており、1階角部屋・土間付きの約70平米をアトリエ兼住居として使用している。

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

以前は店舗での販売を中心に経営していたが、SNSが普及したこともあり、マルシェや注文販売、教室運営をベースに切り替えようと考え、移転先を検討していたところだった。

そんなときに、知人からニレノキハウスの話を聞き、オープンハウスで見た部屋に、一目ぼれしてしまったという。
「当時は『部屋』というより、最低限のリノベーションを施した『箱』という状態でしたが、ショップで使用していた什器や家具類がぴったりはまるイメージを持てました。オーナーの末次さんと会話し、花屋として使用することも歓迎してもらえましたし、幸い子どもの学校区も変えなくてよいエリアだったこともあり、こんな場所は他にない、と即決でした」(園田さん)

花の受け渡しや教室などで人の出入りもある。周囲の理解がなければできないことで、一般的なアパート等だとやはり他の住民に迷惑をかけてしまうだろう、と考えていた園田さん。
「ニレノキハウスはDIYだけでなく、店舗や事務所との併用も歓迎されています。入居者もその方針に共感する方々でしょうから、そんな物件なら安心できる、と思いました」(園田さん)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

入居後は3LDKだった間取りを土間+1ルームにリノベーション。寝室やダイニングスペースはカーテンでゆるく仕切って使用している。アトリエスペースと住居スペースを仕切る扉や玄関扉、外壁もオーナーに許可を得た上でリノベーションを行った。DIYも可能だったが、園田さんの場合は、ショップ時代から付き合いのある大工さんに全て依頼したそうだ。

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

入居者同士の交流も魅力、と語る園田さん。
「昨年はコロナの影響でできませんでしたが、例年、屋外の共有スペースを使ってバーベキューなども行っています。手づくりのチラシで呼びかけて、好きな時間に来て好きな時間に帰る気楽な会です。差し入れだけ持ってきてくれるような方もいますね」(園田さん)

コロナの影響で、園田さんの花屋が他所で出店予定だったイベントが急遽中止になった際には、オーナー末次さんに相談の上、この屋外共有スペースでマルシェを開いたことも。同じイベントに出店予定だったカレー屋やパン屋も招き、行列ができたそうだ。
「入居者の皆さんもご自身の駐車場スペースを貸してくれたり、遊びに来てくれたり、何かと協力してくださり本当にありがたかったです。こうしたイベントのとき以外でも、お花を注文してくれることもありますし、既に退去された方とも交流が続いています」(園田さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

部屋の見学に来た方が園田さんのアトリエを訪ね、住み心地や入居者コミュニティについて話を聞いていくこともあるそうだ。リニューアル当初はオーナー主催で実施することが多かったイベントも、今は入居者が企画することが中心になっている。

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

念願の「制作に没頭できる空間」を実現

2組目は、2021年2月に入居したばかりのHさんご家族。Hさん一家は、もともと長く東京で暮らしていた。

「コロナ禍で外に出ることも難しくなり、なぜ東京にいるのだろうという気持ちになりました。だったら、地元である熊本に戻って、陶芸の制作に打ち込みたいと思うようになりました」(Hさん)

美大の出身で、デザインに関わる仕事を続けてきたHさん。移住を機に制作に集中できる空間が欲しい、と考えるようになったそう。 

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

当初は熊本県内でも阿蘇など自然豊かなエリアで中古戸建てのリノベーションを検討していたものの、なかなか条件に合う物件が見つからず、気候の厳しさにも不安が生まれた。そんなときに、ニレノキハウスの存在を知ったという。
「面白そうな物件があるなと。実際に部屋を見に行ってみて、ここしかない!と思いました。陶芸窯を設置しても良いかとダメ元で相談してみたら、『良いよ』と。オーナーも陶芸をされるということで意気投合して、トントン拍子に入居が決まりました」

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

音や振動などでご迷惑をおかけすることもあるだろう、と入居直後に全入居者のところへ挨拶に行ったというHさん。その後の交流も続いているそう。
「みなさんとても良い方ですし、デザイナーさんなど創作に関心がある方も多く、理解があると感じます」

現在は土間+陶芸用の作業スペースと、1ルームをダイニング・リビング・寝室とゆるやかに区切った居住空間として使用している。寝室と陶芸用スペースの床張り、アトリエの棚、壁面の塗装などは1カ月強をかけてDIY。愛着ある住まいへと仕上げていった。
「今後は自分で焼いたタイルを壁面に貼ったりもしたいですね」と語るHさん。さらに素敵な部屋へと進化していきそうだ。

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら貼った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら張った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

「賃貸でも自由度を上げる」選択が、価値向上につながった

似た間取りをベースにしながらも、暮らす人によって、それぞれ全く違う個性が発揮されているニレノキハウス。リニューアル以降、実は家賃が上がっている。入居者自身のリノベーションによって価値が上がっており、仲介をしている不動産会社の担当者より、値上げが妥当と提案があった。末次さん自身も、「立ち上げた当初、そこまでは予想していなかった」と語る。
賃貸物件に自由度を与えた結果、9年目の今、不動産としての価値が上がっている。

もちろん、うまくいくことばかりではなかったという。
「住んでいた方の好みやDIYの力量で、次の方に入ってもらうのが難しそうなときもあります。そうした場合には、空室になったタイミングに私が手を入れることもあります」(末次さん)

入居者は20~30代、特に30代前半の夫妻やカップルが多いそう。やはりリノベーションに興味があり、自分でカスタマイズをしたい、という人が多いが、希望するリノベーション内容はさまざま。ほんの少しの人もいれば、間取りから変えたいという人もいる。そうした希望に合った部屋を紹介するため、そして「ニレノキハウス」という場で気持ちよく暮らしていける人か判断するため、入居前に必ず面談を行っている。

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

今後の展望について、末次さんはこう語る。
「9年経ち、コミュニティを含めて良いマンションに育ってきたと感じています。
コロナの影響もあり、働き方、ライフワークバランスのあり方などが変わってきたなかで、ニレノキハウスは新しい働き方・暮らし方にマッチする住まいでもあると考えています。
オープン当初から、オフィス兼住宅、店舗兼住宅といった使われ方がされてきましたし、今後、熊本でもそうしたSOHO的な場所、ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる場所のニーズは増えていくのではないでしょうか」

賃貸集合住宅の、新しい可能性

ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる住まい、一定の共通項を持つ人たちが集まる集合住宅。それはとても魅力的に思えた。
“新築”“築浅”が好まれ、それらの価値が高いとされる傾向にある日本において、築年数を経た物件が、住み継ぐ人の手によって価値を上げていく。「ご近所付き合いが希薄になりやすい」とされる賃貸集合住宅においても、共通項を持つ人々が住民となることで、ゆるやかなコミュニティが育まれていく。「ニレノキハウス」は、賃貸住宅の新しい可能性を示唆してくれているように思う。

●取材協力
ニレノキハウス
末次デザイン研究所「空き家再生スミツグプロジェクト」
ひご.スマイル株式会社

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記事提供元:タビリス