入居者全員クリエイター! 築49年の今も作家たちのアイデアで進化する「インストールの途中だビル」品川区中延

SUUMOジャーナル

東京都品川区中延にある「インストールの途中だビル」は、2012年にスタートした6階建てのビル型シェアアトリエ。現代美術家、ファッションデザイナー、演劇団体、キャンドル作家、靴職人など多業種のクリエイター20組以上が共同利用している。今年10周年を迎えたこの異色の物件には、どのような歴史やライフスタイルがあるのか。訪れて話を聞いてみた。

駅から徒歩1分、騒がしい立地が好条件に「インストールの途中だビル」が入る光洋ビルは築49年(写真撮影/小林景太)

「インストールの途中だビル」が入る光洋ビルは築49年(写真撮影/小林景太)

「インストールの途中だビル」は、東急大井町線・都営浅草線の中延駅から徒歩1分とアクセス良好な場所にあり、6階建てビルの2階から5階を使って運営される。国道1号沿いで、向かいと左右をパチンコ店に囲まれる騒がしい立地だが、音を伴う「ものづくり」の環境としては周りに気を使う必要がないため、むしろ好条件と支持されている。

運営するのは、自らを「まちづくり会社」と称する合同会社ドラマチック。建物の再生事業や全国の公共施設の運営、地域で活動したい人に向けての拠点づくり・イベント運営などを行っている。

「インストールの途中だビル」を立ち上げたドラマチック代表社員の今村ひろゆきさんにお話を伺った。

「インストールの途中だビル」責任者の今村ひろゆきさん(画像提供/ドラマチック)

「インストールの途中だビル」責任者の今村ひろゆきさん(画像提供/ドラマチック)

時間の経過とともにきれいになる。アップデートを前提としたスタート

今村さんがこのビルを知ったのは、2011年4月ごろ。ドラマチックの活動が新聞に掲載された日に、一通のメールが届いた。内容は「中延駅のすぐそばにビルを持っているが、どうにかしてくれないか」というもの。

「ビルを見に来たらびっくりしました。会社の事務所として使われていたようですが、壁もカーペットも汚れていてヤニ臭く……(笑)。しかし、駅チカでほぼ一棟まるまる空いている物件なんてそう無いですし、すごいポテンシャルを感じました」

しかし、普通のシェアオフィスやコワーキングスペースとして利用できる状態に改装するには、初期費用がかなりかかってしまう。

「活動場所を探しているアーティストの知り合いが複数いたので、アトリエとして使うのはアリだなと。ものづくりをしているとどうしても周りが汚れてしまうので、それなら最初からきれいである必要がないですしね」

オープン準備の様子(画像提供/ドラマチック)

オープン準備の様子(画像提供/ドラマチック)

シェアアトリエとして運営する方針を定めてから、どのような準備をしたのか。

「掃除と、窓を拭くこと。基本はそれだけです(笑)。あとは入居ブースごとに仕切りで区画を分けて、そのほかは入居者の自由ということにしました。壁を塗ってもいいし、照明を変えてもいい。正直まだ会社としてもお金が無かったころなので、アイデアで工夫していくしかありませんでした」

廊下の照明は、入居者の提案で蛍光灯から電球に変更。階段のウォールアートは入居者がテープで制作した(写真撮影/小林景太)

廊下の照明は、入居者の提案で蛍光灯から電球に変更。階段のウォールアートは入居者がテープで制作した(写真撮影/小林景太)

合同会社ドラマチックを立ち上げる前は、商業施設の開発をしていたという今村さん。

「新しくつくった商業施設は、時間が経てば建物が古くなって集客も減り、廃れていきます。でもこの『インストールの途中だビル』は未完成な状態から始まり、徐々に人が集まって場がアップデートされていく。いわゆる商業的な開発の流れとは逆の場をつくっていければと思いました」

コミュニケーションの中で生まれるアイデアをインストールし、よりよい環境をつくるという方針が、施設名の由来ともなるコンセプトだ。こういった事業は一般的にリノベーションを済ませてから開始するものと思い込んでいたが、入居者に使ってもらいながら整えていくという手法は、空き物件を活用するうえでの可能性を広げるアイデアだと感じた。

24時間制作可能。展示会やパフォーマンスができるスペースも

「入居している方は『ものづくりをする』という点では共通していますが、活動のジャンルは本当にばらばらですね。ビルが揺れるほどの大きな音を出して金属の彫刻物をつくる方もいます。ここでの活動を本業としている方は3割ぐらいでしょうか」

各アトリエに住宅の機能はないが、24時間出入り可能。賃料はブースの広さによって変わり、月額2万1800円から。入居金5万円と水道光熱費が別途かかる。利用を続ける中で「もう少し広いスペースを使いたい」といった要望があれば、今村さんらが大工仕事ができる入居者に依頼して仕切りを動かし、ブースを拡張することも。

過去に入居していた版画作家のアトリエの様子(画像提供/ドラマチック)

過去に入居していた版画作家のアトリエの様子(画像提供/ドラマチック)

このブースも上の写真と同じ間取りだが、利用者によって部屋の印象は大きく異なる(写真撮影/小林景太)

このブースも上の写真と同じ間取りだが、利用者によって部屋の印象は大きく異なる(写真撮影/小林景太)

ビル内には約50平米のレンタルスペースもあり、入居者は1時間200円で借りられる。演劇の稽古など広い場所が必要な活動や、作品展・イベント会場、打ち合わせ・撮影の場として使われるという。

レンタルブース「インストジオ」(写真撮影/小林景太)

レンタルブース「インストジオ」(写真撮影/小林景太)

屋上は無料で開放され、植物を育てるなど息抜きの場所となっている。気候のいい時期はここで飲食をしながら入居者同士の近況報告会が行われることも。

イベント開催時の様子(画像提供/ドラマチック)

イベント開催時の様子(画像提供/ドラマチック)

入居するクリエイターたちにとって、このビルは制作の場だけでなく、発表や交流の場ともなっているようだ。では、実際の入居者の方々にお話を聞いてみよう。

アトリエが稽古場にも舞台にもなる

まずは「インストールの途中だビル」が始まった当初から入居している演劇団体「Prayers Studio」さん。稽古場として常時利用するほか、アトリエ内に舞台と客席をつくって公演も行う。

代表の渡部朋彦さん、設立メンバーの妻鹿有利花さんが、入居当時のことからお話ししてくれた。

「Prayers Studio」代表・渡部朋彦さん(左)、妻鹿有利花さん(写真撮影/小林景太)

「Prayers Studio」代表・渡部朋彦さん(左)、妻鹿有利花さん(写真撮影/小林景太)

「ここに来るまでは区民施設などを都度借りて稽古しながら活動していました。小道具なども徐々に増えていき、どこかに拠点を構えたいと感じていたところ、劇団員がこのビルのことをTwitterで偶然見つけたんです。すぐに連絡して、4月1日のオープンぴったりのタイミングで入居しました。月末には公演を控えていたので、さっそく本番前は徹夜で稽古しましたね」(渡部さん)

50平米の部屋は、仕切りで楽屋などを設ける(写真撮影/小林景太)

50平米の部屋は、仕切りで楽屋などを設ける(写真撮影/小林景太)

声を出すことが不可欠な演劇の活動にとって、入居者全員がものづくりに理解のある環境は理想的だという。現在、Prayers Studioは11人のメンバーで4チームに分かれて活動しており、ブースには常に誰かがいるような状況。ここを拠点として活動を続けてきた結果、ビル周辺の中延エリアに引越してきた劇団員も多い。

「天井はあえて梁を見せて高さを出し、蛍光灯やカーペットは外して、客席やカーテンの仕切りを設置しました。また、24時間活動できるといっても音に関しては多少気を使います。遅い時間に大道具を組み立てたり大声を出したりするのは控えるなど。逆に私たちの公演期間はほかの入居者が音を出す作業を控えてくれて、積極的に協力してくださりありがたいです」(渡部さん)

もともと天井にあった板を転用したドア(写真撮影/小林景太)

もともと天井にあった板を転用したドア(写真撮影/小林景太)

入居者同士で生まれる活動のつながり

10年間入居していることもあり、入居者とのコミュニケーションが創作活動やプライベートにつながることもあったという。

「キャンドル作家の方に制作を依頼して、アトリエで香りを焚かせてもらったり……」(妻鹿さん)

「結婚を考えている劇団員が、アクセサリー作家さんのワークショップで婚約指輪をつくったことも。その後も結婚式の引き出物としてキャンドルをつくってもらったり、式の撮影も入居者のフォトグラファーさんにお願いしたり(笑)。逆に入居者の方の個展で僕がナレーションをやったり、劇団員がファッションブランドのモデルを務めたりしたこともありますね」(渡部さん)

想像以上に濃いつながりだった。このほかにも、中延商店街のお祭りでの公演や、子ども向けのワークショップ、観客参加型の舞台上演など、地域と関わる活動も多く行ってきたPrayers Studio。現在も「拠点を持つ劇団」という強みをきっかけに、外部のクリエイターと共同で舞台演出上の新企画に取り組んでいる。

「夜、活動を終えて帰宅するときに、ほかの部屋に明かりがついていると『自分も負けていられないな』と思います。モチベーションが刺激される環境ですね」(妻鹿さん)

舞台と客席の配置は、公演内容によって変える(写真撮影/小林景太)

舞台と客席の配置は、公演内容によって変える(写真撮影/小林景太)

イベントでたまたま訪れたビルに入居して9年目

続いては、ファッションブランド「NeLL」のデザイナー・hee(ヒー)さん。「誰でも着られる服」というコンセプトに基づき、1つの素材で1サイズのみの服をつくる『One=Everyone』というシリーズが好評だ。

「NeLL」デザイナーのheeさん(写真撮影/小林景太)

「NeLL」デザイナーのheeさん(写真撮影/小林景太)

NeLLのアトリエ(写真撮影/小林景太)

NeLLのアトリエ(写真撮影/小林景太)

このアトリエには、本職の仕事場として週5日ほど通うheeさん。入居のきっかけは、ビルの屋上で行われた2周年イベントだという。

「最初は、ただ好きなミュージシャンの方がライブをすると聞いて来たんです。でも中に入ってみたら結構良さそうな場所だったのと、ちょうど当時使っていたアトリエを出なくてはいけないタイミングだったので、後日改めて内見をしました」

求めていた条件は「ある程度の広さ」「汚しても大丈夫なこと」など。いずれも問題なさそうで、「夜でもミシンの音など気にせず作業できるのは気楽でいいな」と感じ、入居を決めたそう。

NeLLの展示会で渡したノベルティ。制作は同ビルに入居するキャンドル作家さん(写真撮影/小林景太)

NeLLの展示会で渡したノベルティ。制作は同ビルに入居するキャンドル作家さん(写真撮影/小林景太)

「入居して9年目になりますが、実は今のブースを使い始めるまでにビル内で3回引越しました。一緒に借りていたメンバーが離れるタイミングなどで、その都度ちょうどいい広さのブースに移っています。このビルは『駆け出しの人を応援する場』だという感覚もあるので、本当は早くここを出られるように頑張らなきゃいけないと思うんですけど、なかなか居心地が良くて今に至ります(笑)」

ジャンルを問わない出会いが活動の幅を広げる

heeさんに「入居してから感じた良い点」を聞いてみた。

「やっぱり入居者の知り合いができることですね。創作活動の話や展示など自分の作品を知ってもらう方法について情報交換できますし、そこから依頼が発生することもありました。インストールの途中だビルでは、月一回の定例会があって、コロナ禍で頻度は落ちてしまいましたが、ビルのメンバーとコミュニケーションをとれます。年末の忘年会など交流機会は割とあって楽しいです」

2014年には、インストールの途中だビルが主催となり近隣の商店街で「中延EXPO」を開催。ダンサーやミュージシャンが即興で演奏しながら街を練り歩くイベントで、heeさんはパフォーマーの衣装を提供したという。

「中延EXPO」の様子(画像提供/LAND FES)

「中延EXPO」の様子(画像提供/LAND FES)

「今後もさまざまなジャンルの人と関わっていきたい」と語るheeさん。ビルのレンタルスペースで開催される音楽イベントでミュージシャンの衣装提供なども予定しているとのことだった。

これからもインストールは続いていく

シェアアトリエという空間を活かし、地域や外部との交流も図ってきたインストールの途中だビル。

「料金設定もそうですが、『これからがんばっていこう』という段階のクリエイターを応援したい気持ちがあります。そのために、ハード面である物件に手を加えていくのではなく、人同士のつながりというソフト面でメンバーの活動を応援して、ビルを盛り上げていきたいです。運営を続ける中で、活動が成功して売れっ子になっていった方もいて、そういう過程を見られるのはうれしいですね」と今村さん。

あえてセオリーどおりの「快適な空間」を用意せずにスタートしたこのシェアアトリエでは、入居者自身が過ごしやすいように作業環境をつくることができる。いわば全員が「ビルのクリエイター」として一つの居場所を構築していくことは、ライフスタイルの充実に大きく寄与していると感じた。

インストールの途中だビルは今年で10周年を迎え、入居者はのべ100名を超える。今村さんは「今後も新しいクリエイターの方と出会えるのが楽しみ」とほほえみ交じりに語っていた。

●取材協力
・インストールの途中だビル
・まちづくり会社ドラマチック
・Prayers Studio
・NeLL

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記事提供元:タビリス