障がい者と健常者がともに働き、助けあう草分け的存在「わっぱの会」。街のパン屋から多事業展開へ40年の軌跡

SUUMOジャーナル

「障がいをもつ人も、もたない人も共に生き、働ける場を」というコンセプトを掲げ、1971年から活動を開始したわっぱの会。その事業の一つである「わっぱん」は共働事業所で働く人たちがつくる無添加のパンです。
わっぱの会が障がいのある人とない人が共に生きていく世界を目指し、活動を続ける理由やその取り組み、住まいに関わる支援について、わっぱの会の斎藤縣三さんに話を聞きました。

障がいのある人たちがつくる、無添加国産小麦のパン「わっぱん」って?

「わっぱん」とは、名古屋を拠点に展開しているパン屋さんです。手作業を重視し、材料にはなるべく添加物を使用せず、遺伝子組換えではないものなど、自主基準を設けこだわっています。

もちろん、使用するカスタードクリームやジャム、つぶあんなどもすべて手づくり。自分たちが信頼できるもの以外は入れない、お手ごろな価格で安心安全なおいしいパンを届ける。そんなパンに込めるつくり手の姿勢は、わっぱんの事業を開始して以来、地域の人々に支持され、愛され続けています。

体に悪いものは入れない。安心でおいしい「わっぱん」のパンは地域の人に長く愛されている(画像提供/わっぱの会)

体に悪いものは入れない。安心でおいしい「わっぱん」のパンは地域の人に長く愛されている(画像提供/わっぱの会)

わっぱんのもう一つの大きな特徴は、障がい者と健常者が一緒に働くパン屋であること。今ではそのような業態はたくさんありますが、わっぱんの事業を開始した1984年当時としては大変珍しく、先駆けでした。わっぱんの誕生について、経営母体である「わっぱの会」の斎藤さんはこう話してくれました。

「わっぱんの事業を始めるまでは内職や移動販売などの仕事をしていましたが、収入は限られたものでした。事業として成立する形で障がいのある人に仕事を提供したいと考えたとき、手作業を活かせて、自立して生活できるだけの収入を得られる仕事として行き着いたのがパン屋だったのです。当時は全国で初めて障がい者と健常者が一緒にパンをつくって地域の人たちに買ってもらうという、時代に先駆けた取り組みでした」

手仕事にこだわった丁寧なパンづくり(画像提供/わっぱの会)

手仕事にこだわった丁寧なパンづくり(画像提供/わっぱの会)

地域の中で地域と共に。「ソーネおおぞね」の誕生

わっぱの会では、これまでの福祉サービスの域を超えて、地元の人たちとの交流や社会参加を重視した、地域に根付いた取り組みを大切にしています。その一つのモデルケースとなる施設が「ソーネおおぞね」です。リサイクルセンター、ショップ、ダイニングカフェ、フリースペース、住まいをはじめ小さなことから相談できる「相談所」の五つの機能をもつ複合施設になっています。

ソーネおおぞね内のショップ。わっぱんのパンや愛知の特産品、有機野菜などの幅広い品揃え(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞね内のショップ。わっぱんのパンや愛知の特産品、有機野菜などの幅広い品揃え(画像提供/わっぱの会)

大曽根団地の中にあったスーパーの跡地を利用してつくられたソーネおおぞね。団地の過疎化が進み、空き部屋がたくさんある状況下で、団地の荒廃を食い止め、地域の人たちも参加できる施設にしたいという思いがあった(画像提供/わっぱの会)

大曽根団地の中にあったスーパーの跡地を利用してつくられたソーネおおぞね。団地の過疎化が進み、空き部屋がたくさんある状況下で、団地の荒廃を食い止め、地域の人たちも参加できる施設にしたいという思いがあった(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞねでは、地域と連携して、団地内の空き部屋を借り受けて改修を行い、住宅弱者に貸し出したり、障がい者のグループホームの運営も行っている(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞねでは、地域と連携して、団地内の空き部屋を借り受けて改修を行い、住宅弱者に貸し出したり、障がい者のグループホームの運営も行っている(画像提供/わっぱの会)

地域住民が一緒に参加する夏祭りを開催したり、キッズスペースをつくって子育て世帯も気軽に訪れることができるようにしたりと工夫を凝らしました。リサイクルセンター「ソーネしげん」での資源の買取にはポイント制を導入し、敷地内のダイニングカフェでそのポイントを利用できるようにしたりしたところ、ソーネしげんの会員は現在4000人を超えるまでに増えています。遠くからも車でやってくるほど、地域を超えて多くの人に受け入れられるようになりました。

ソーネおおぞね内にあるリサイクルセンター「ソーネしげん」。分別した資源を持ち込んで買い取ってもらうことができる(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞね内にあるリサイクルセンター「ソーネしげん」。分別した資源を持ち込んで買い取ってもらうことができる(画像提供/わっぱの会)

リサイクルセンターとカフェにポイント制を取り入れた仕組み(画像提供/わっぱの会)

リサイクルセンターとカフェにポイント制を取り入れた仕組み(画像提供/わっぱの会)

障がい者と健常者の共生・共働を目指し、「一人で暮らしたい」「働きたい」に寄り添う

障がい者の「自立して暮らしたい」「社会の一員として働きたい」という想いに寄り添いつつ、障がい者と健常者のスタッフの生活を成り立たせていくのは簡単ではありません。現在、わっぱの会は事業による収入のほか、寄付や助成金などで運営を持続している非営利法人組織となりました。展開する事業の数は33に及び、年間の事業高は15億円にのぼります。それらは全て、今困っている人たちには何が必要かを考えて、発展していった取り組みです。

ほかにも、企業への就労支援や職業訓練、生活支援、居住支援なども積極的に行ってきました。年間に200名以上の就職を実現し、その実績が評価されて、ハローワークから就職先を探す依頼を受けることも多いそう。

「障がい者は『働きに行く』という意識が芽生え、お金を稼ぐ実感を得られるようになり、一緒に働く健常者は、新たな気づきや生きがいを見出している人が多いようです」

障がい者と健常者がともに働く場はパン屋、リサイクルセンター以外にも多岐にわたる。障がいがあっても働けることを理解してもらい、就職先を開拓する取り組みも行っている(画像提供/わっぱの会)

障がい者と健常者がともに働く場はパン屋、リサイクルセンター以外にも多岐にわたる。障がいがあっても働けることを理解してもらい、就職先を開拓する取り組みも行っている(画像提供/わっぱの会)

生活・仕事・福祉のお悩みも気軽に相談できる地域の相談所を運営(画像提供/わっぱの会)

生活・仕事・福祉のお悩みも気軽に相談できる地域の相談所を運営(画像提供/わっぱの会)

障がい者だけにとどまらない、わっぱの会の居住支援

2010年代の後半には居住支援法人制度の認定を受け、住まい探しの専門センターを設立。障がい者以外の生活困窮者からも多くの相談が寄せられています。

児童養護施設を18歳で退所した若者や、家族関係によって自宅が安心できる環境にない学生に寮として提供している建物(画像提供/わっぱの会)

児童養護施設を18歳で退所した若者や、家族関係によって自宅が安心できる環境にない学生に寮として提供している建物(画像提供/わっぱの会)

「最初は住まいを紹介するだけでしたが、障がいのある人の入居は大家さんも二の足を踏むことが多く、今は連帯保証人がいても保証会社がつかないとなかなか貸してもらえません。そこで私たちは、債務保証会社と協定を結び、わっぱの会が支援する人には、保証会社を付けられるようにしました」

それでも、家賃の滞納や近隣へのトラブルがあるのではないかなど、障がい者への偏見から部屋を貸したがらないオーナーは未だ多く存在するそうです。対策として、わっぱの会がオーナーから部屋を借り受けてリフォームし、貸し出すことにも取り組んでいます。また、わっぱの会が間に入って身元の保証や定期的な安否確認、死後事務まで行うことで、オーナーさんの不安を軽減しているのです。

障がい者やサポートを必要とする人たちへの事業は多岐にわたっている(画像提供/わっぱの会)

障がい者やサポートを必要とする人たちへの事業は多岐にわたっている(画像提供/わっぱの会)

わっぱの会が目指すもの。地域共生の未来とは

斎藤さんが学生だった1970年ごろ、障がい者は山奥の施設など、まちなかとは離れて社会と接しにくい場に置かれるれることが多くありました。その現実に疑問と憤りを覚え、健常者も障がい者も共に暮らし、働ける場所をつくろうと立ち上げたのが、わっぱの会です。

「共生・共働という考え方は、以前と比べて普通に使われるようになってきました。しかし、世の中で広く使われている言葉の意味は、私たちが考えるものとはズレがあるように思います。介護福祉事業への企業参入も増えてきましたが、障がい者に寄り添うことが目的ではなく、行政から補助金を得たり、利益を生み出すための手段として利用しているのではと疑わざるを得ないケースが増えています。

私たちの地域相談窓口に来る人には、障がい者以外の人たちも増えていて、かつては地域の中の支え合いで解決していたことも回らなくなって、今まで以上に地域が疲弊していると感じます。障がい者、健常者、生活困窮者といった枠を超えた福祉が今こそ必要で、そのためには地域をつなぎながら新しく地域を再編していく覚悟が欠かせません」

わっぱんでは、健常者と障がい者合わせて70名近くが同じ仲間として働いている(画像提供/わっぱの会)

わっぱんでは、健常者と障がい者合わせて70名近くが同じ仲間として働いている(画像提供/わっぱの会)

わっぱの会では職員と利用者といった、提供する側と享受する側に分けるような、従来の福祉サービスからの脱却を目指しています。障がい者もただサービスを受けるのではなく、関わる誰もが等しく会費を負担し、共同運営していく、生活と共働を支えるような組合のような組織。そして、成果主義ではなく、みんなで成果を分かち合っていく関係の構築を考えているそうです。

さらに、今後も支え合いを実践しながら活動を持続していくには、障がい者も健常者も生活できる事業として成立するだけのお金が巡る仕組みも欠かせません。枠にとらわれない支援の仕組みづくりと普及が急務とされるなか、わっぱの会の取り組みは一つのモデルケースになりそうです。

●取材協力
わっぱの会
わっぱん
ソーネおおぞね

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記事提供元:タビリス