電力の半分は風力、7割以上が再生エネルギーのデンマーク。約5000基の風車で叶えるまでの軌跡とは?

SUUMOジャーナル

環境先進国として先進的な取り組みを続ける国、デンマークを象徴する存在のひとつが、なんといっても風力発電です。古くは粉挽きや排水の役割を担うために村々にあった風車が、時代の変遷とともに、発電のための風車へと変わりましたが、今も昔も「風車のある風景」がデンマークらしさ、と言えるかもしれません。今回は、デンマークのエネルギー分野で主役的な役割を果たしている風力発電にフォーカスします。

農家は「農耕と発電」の二毛作!

飛行機でコペンハーゲンのカストラップ空港に近づくと窓から見えてくる、くるくる回るたくさんの白い風車たち。デンマークに(帰って)来たなぁと嬉しくなる瞬間です。この光景を見ると嬉しくなるのは私だけではないようで、デンマークを訪ねてくれる人のほとんどが、同じように「風車が見えてきてワクワクした!」と話してくれます。なぜなんでしょう、この感覚。自然が電気をつくっているのを目の当たりにできるからでしょうか。

そして、コペンハーゲンから約160km南下すると、私が暮らすロラン島があります。現在、デンマーク国内で一番風力発電が盛んなのは、デンマーク西部の沿岸地域ですが、2番目に盛んなのが、ロラン島です。

ロラン島(写真提供/ニールセン北村朋子、撮影/ Rune Johansen)

ロラン島(写真提供/ニールセン北村朋子、撮影/ Rune Johansen)

ここまで来ると、どの方向を見ても、必ず風車が視野に入るような感じで、本当にたくさんの風車が立っています。ロラン島では現在約260基の陸上風車があり、洋上にも162基の風車があります。風力発電以外に、近年は太陽光発電も増え、また農業から出るワラを燃料としたバイオマス発電や、家畜の糞尿や食糧残渣を利用したバイオガスによる発電なども含むと、ロラン島は、島内で使う電力の8倍~10倍の電力を、主に風力による再生可能エネルギーでまかなっています。

ロラン島の2023年7月までの再生可能エネルギーでの発電と消費電力のデータ。青が風力発電、黄色が太陽光発電。今年はこれまでに82.9%の電力を再エネでまかなっている(画像提供/REEL、出典:Lollands Energisystem)

ロラン島の2023年7月までの再生可能エネルギーでの発電と消費電力のデータ。青が風力発電、黄色が太陽光発電。今年はこれまでに82.9%の電力を再エネでまかなっている(画像提供/REEL、出典:Lollands Energisystem)

現在、デンマーク全国では約4,200基の陸上風車があり、1時間あたり約470万kWのエネルギーを生み出すことができます。また、洋上風車は630基にのぼり、1時間あたり約230万kWのエネルギーを生み出していて、デンマークの電力供給の約半分は風力発電で賄われています。

デンマークの風力発電機の分布図。風力発電がいかに盛んかがわかる(画像提供/Plan- og Landdistriktsstyrelsen、出典:Info om vedvarende energikilder)

デンマークの風力発電機の分布図。風力発電がいかに盛んかがわかる(画像提供/Plan- og Landdistriktsstyrelsen、出典:Info om vedvarende energikilder)

風力発電の容量と国内電力供給に占める風力発電の割合。青は洋上風力、緑は陸上風力、赤は風力による電力供給の割合(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

風力発電の容量と国内電力供給に占める風力発電の割合。青は洋上風力、緑は陸上風力、赤は風力による電力供給の割合(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

自治体別風力発電の容量。青色が濃いほど風力での発電容量が多い。右下にあるロラン島は西側が濃い青色(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

自治体別風力発電の容量。青色が濃いほど風力での発電容量が多い。右下にあるロラン島は西側が濃い青色(画像提供/Energistyrelsen、出典:Energistatistik2021)

陸上風車を所有するのは、主に設置できる土地を持つ農家や、地域の風力発電組合で、近年は、風車の大規模化に伴い、再エネ関連企業が所有する例も増えてきています。ロラン島をはじめ、デンマークでは農家の人たちが作物を収穫するのと同時に、収穫後のワラを売却して地域の熱供給や発電の原料にしたり、畑にある風車や太陽光パネルから電力を収穫して売電し、収入を得るのは当たり前のこと。それぞれが持つリソースを最大限に利用することで、各農家の収益も安定しますし、農家の収入が増えれば、地方自治体は税収が増え、地域が潤うことにつながります。また、当然ながら、地域や国のエネルギーの自給率を上げることにも繋がり、エネルギーの安全保障にも大きな意義をもたらします。

デンマークの農家(写真提供/ニールセン北村朋子)

デンマークの農家(写真提供/ニールセン北村朋子)

陸上風車の高さは、約150m。ビルの高さに例えるなら、およそ40階くらいと同じになります。また、東京タワーの大展望台も地上150mで、デンマークで見かける陸上風車とほぼ同じ高さです。洋上風車はさらに大きくて、200mにもなります。ブレード(羽根)はゆっくり回っているように見えるのですが、実はブレードの先端部分では時速250kmを超えるスピードで回転していて、新幹線に近い速さなのですから驚きです。

農地に立つ大型風車たち。高さは150m!(写真提供/ニールセン北村朋子)

農地に立つ大型風車たち。高さは150m!(写真提供/ニールセン北村朋子)

ロラン島沖の洋上風力発電パーク(写真提供/ニールセン北村朋子)

ロラン島沖の洋上風力発電パーク(写真提供/ニールセン北村朋子)

■関連:デンマークのまちづくりやエコ関係の記事

自分たちが使うエネルギーは自分たちで選びたい!

冒頭にも触れたように、デンマークでは、風車のある風景は昔から馴染みのあるものでした。12世紀から13世紀にかけて小麦から粉を挽くために、また低地の湿地の排水をするために、風車は重要な役割を果たしていました。また、当時は製粉は地域の権力者が管理する仕組みで、地域の穀物を挽く独占的権利を持っていましたが、1862年に食の自由化がなされて、農民が農場製粉所を設置することが可能になり、風車は市民のものとなっていきました。1920年ごろには、2万~3万基の家庭用製粉風車があったようです。

発電のための風車が初めてつくられたのは1891年、物理学者のポール・ラ・クールがアスコウ・ホイスコーレ(デンマーク発祥の「人生の学校」と呼ばれるフォルケホイスコーレ(※)のひとつ)で実現しました。実際に普及するまでには少し年月がかかりましたが、1970年代のオイルショックによるエネルギー危機が大きな転機となります。今でこそ、デンマークは再生可能エネルギーの先進国として知られるようになりましたが、70年代当時は中東の石油に頼りきりで、エネルギー自給率は5%を切るほどでした。

※フォルケホイスコーレ……デンマーク発祥の全寮制の成人教育機関。17.5歳以上なら誰でも入学でき、資格やスキルを得るのではなく、より良く生きるために、誰にも評価されずに自分や社会、世界と向き合う時間を持つことができる。

そこで、エネルギーの自給を高めるための議論が活発になり、その解決策として急浮上したのが原子力発電でした。当時の国と電力会社は原発を推し進めようとしましたが、原発についてもっと詳しく知ってから活用するかどうかを考えたいと訴える市民団体OOA(原子力発電情報協会)が立ち上がり、原発のメリットとデメリットについて幅広く情報を集め、国民と共有し、議論を促したことや、79年にスリーマイル島で原発事故が起きたことも影響し、時が経つにつれて世論は原発反対へと傾いていきました。

そして1985年、デンマークはついに原発を選択肢から外したエネルギープランを採択。チェルノブイリで原発事故が起きたのは、デンマークのこの決定の翌年の86年のことでした。以降、デンマーク国内で自給自足できるエネルギーの大きな可能性を秘める選択肢として、風力発電の開発と普及が一気に加速して今に至ります。

(写真提供/ニールセン北村朋子)

(写真提供/ニールセン北村朋子)

デンマークの農民や市民が風力発電に関心を持つようになったのは、投資目的だけではありません。ロラン島で初めての市民風車のメンバーになったビャーネ・エネマークさんは、以前インタビューした時に「どういうエネルギーを使いたいかは、国や電力会社ではなく、国民や一般市民に決める権利がある」と話してくれましたが、地域のみんなと環境に良いことに取り組みたい、という気持ちと連帯感が、デンマークの市民を突き動かしています。そして、その意志を尊重する民主主義と政治があることも不可欠です。

デンマークの現在のエネルギー政策は、2012年に打ち出されたもので、2050年までに化石燃料から脱却することと、それに先立って2030年には二酸化炭素の排出量を1990年比で70%削減するという目標を設定しています。さらに、昨年暮れに発足した新政権では、2050年の化石燃料からの脱却目標を2045年に前倒しし、二酸化炭素の削減に関しては2050年までに110%を達成するという、野心的な目標を新たに設定しています。EUの2040年目標となっている、2019年比で二酸化炭素排出量を90%削減する、という方向性とも連動しながら、これからもデンマークではさらに風力発電を増やしていく予定です。

余るほどできる再エネの電力を、さまざまに使い回す

風力発電をはじめとして、再生可能エネルギーによる電力供給は増える一方のデンマーク。今の一番の関心事は、大量につくられる電力を、供給過多の時に効率的に貯めておいて、電力供給が足りない時に使ったり、電気としてだけでなく、輸送燃料や熱供給に使うためのPower to X への取り組みです。

Power to X とは、電力を熱や水素、メタンなどに変えて蓄え、輸送エネルギーや熱エネルギーなど電気以外のエネルギーで幅広く活用するための技術とデザインのこと。例えば、再エネの電力が余っている時間帯に水を電気分解して水素を取り出し、水素そのものとしてだけでなく、水素と二酸化炭素を組み合わせてメタンやメタノール、アンモニアやケロシンを生成することで貯めておくことが可能になり、輸送燃料などに利用することができるようになります。実際に、デンマークを代表する世界的海運会社、マースク社も、こうしたグリーンメタノールを燃料とするコンテナ船を今年から北欧で導入予定です。

また、ロラン島でも、Power to X の設備の建設が予定され、予定通りに進めば2027年から稼働の見込みで、さらに、こうしたPower to X によってつくられるグリーンな天然ガスを利用する、デンマーク国内初のバイオ小麦精製所もつくられる予定になっています。このバイオ小麦精製所は、食品に使うための小麦の精製だけでなく、現在は輸入に頼っているグルテンを国産できるようになることで、魚の養殖用の餌や養豚の飼料に活用することができたり、また食用にできる部分以外からさまざまな成分を取り出して、バイオポリマーをつくることによって、現在は石油化学原料からつくられている衣類や靴、医療品などを、こうしたバイオ素材でつくることを目的としています。化石燃料からの脱却は、石油化学製品からの脱却も同時に行っていくことを意味します。風力発電などの再生可能エネルギーは、こうした私たちの生活を支える素材づくりにも、大きく関わってきます。

Power to X を図解したもの。再生可能エネルギーの電気と水と二酸化炭素があれば、分子の形で貯めることができるほか、輸送部門など、さまざまな形で利用が可能になる(画像提供:Ranboll、出典:ANALYSE AF MULIGHEDER FOR POWER-TO-XOG GRON GAS PA LOLLAND)

Power to X を図解したもの。再生可能エネルギーの電気と水と二酸化炭素があれば、分子の形で貯めることができるほか、輸送部門など、さまざまな形で利用が可能になる(画像提供:Ranboll、出典:ANALYSE AF MULIGHEDER FOR POWER-TO-XOG GRON GAS PA LOLLAND)

再生可能エネルギーにおけるエネルギー生産は、天候に左右されるなど不安定要素が多いと指摘する声もあります。ただ、その再エネによる発電が高度に進むと、それをどううまく使い回すかという可能性も広がります。
今年の夏は、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が「地球温暖化から地球沸騰化の時代が到来した」と警告するほど、世界各地を酷暑が襲い、深い爪痕を残しています。気候変動対策は、正真正銘、待ったなしです。

みなさんが毎日使っている電気は、どこから買っていますか? その電気は、どこから来ていますか?何でつくられていますか? それは、あなたが望む形でつくられていますか?

「どういうエネルギーを使いたいかは、国や電力会社ではなく、国民や一般市民に決める権利がある」ことをぜひ忘れないでください。そして、自分だけでなく、子どもたちや未来の世代のためにも、責任のある選択をできているかどうか、今一度、考えてみませんか?

●取材協力
・REEL
・andel

●参考文献
ロラン島のエコ・チャレンジ デンマーク発、100%自然エネルギーの島(ニールセン北村朋子著、新泉社)

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記事提供元:タビリス