一橋大卒24歳女子、スナックのママになる。若者も女性も楽しめる「街の社交場」に、全国展開も視野 「スナック水中」東京都国立市

SUUMOジャーナル

スナックは不思議だ。カフェで初対面の知らない人といきなりおしゃべりすることはないのに、狭い空間、お酒の力、そしてママのアシストで、いつもより社交性2、3割増しの自分が出てくる。
とはいえ、一見さんにはハードルが高いのも事実。担い手と顧客の高齢化、コロナ禍の影響で廃業が相次ぐ業界のなか、「一橋大学を卒業してすぐスナックを引き継いだ」という現在25歳のママがいる(継業時は24歳)。スナックを“おじさん”だけでなく、若者も女性も楽しめる「街の社交場」に――そんな想いで「スナック水中」(東京都国立市)をスタートし、「目指せ!100店舗展開」という野望を持つ彼女にインタビューをした。

スナック=常連の男性客だけの場にするのはもったいない

その、少し毛色の違うスナックは、国立市、南武線谷保駅から徒歩4分にある。その名も「スナック水中」。
「水の中を漂うように楽しんで、明日に向かって再浮上していく場所」という願いを込めたという、ママの坂根千里さん。例えば、うまくいかない事があった時、なんとなく家に帰りたくない時、少しだけ誰かと話したい時――そんな時に気軽に立ち寄れる場所をつくりたいと思ったのだ。
変わっているのは、「スナックは地元の常連の男性客がほとんど」という常識を覆し、遠方からも訪れる方、ふらっと訪れる新規のお客さんも、女性客も多いこと。

取材時には、埼玉在住の常連さん、国立在住数十年の地元の方、たまたまふらっと足を運んだ初めてのお客さんなどでいっぱい(写真撮影/片山貴博)

取材時には、埼玉在住の常連さん、国立在住数十年の地元の方、たまたまふらっと足を運んだ初めてのお客さんなどでいっぱい(写真撮影/片山貴博)

「そもそも、スナックって外から見えず、重い扉を開ける勇気って、なかなかないですよね。通りかかった人がふらっと入りやすく感じてほしいという想いから、外から室内が見える造りに改装しました」
ほかにも、会計システムがよく分からない、ボトルと乾きものしかない、そもそも遊び方が分からない――そんなハードルを解消する店づくりを意識している。

外からみた店内。「当初は、常連さんが嫌がるかなぁと思ったんですが、意外とみんな嫌がらなかったんです」(写真撮影/片山貴博)

外からみた店内。「当初は、常連さんが嫌がるかなぁと思ったんですが、意外とみんな嫌がらなかったんです」(写真撮影/片山貴博)

価格明記のメニュー表。話のきっかけになるよう、スタッフのプロフィールも。「スナック初心者」のための「楽しみ方」ガイドもついている(写真撮影/片山貴博)

価格明記のメニュー表。話のきっかけになるよう、スタッフのプロフィールも。「スナック初心者」のための「楽しみ方」ガイドもついている(写真撮影/片山貴博)

ドリンクやフードメニューにも力を入れている。谷保でとれたての新鮮なミントを使ったモヒート(900円・税込・写真右)が看板のほか、季節限定の「バタフライピーのジンソーダ」(800円・写真左)(写真撮影/片山貴博)

ドリンクやフードメニューにも力を入れている。谷保でとれたての新鮮なミントを使ったモヒート(900円・税込・写真右)が看板のほか、季節限定の「バタフライピーのジンソーダ」(800円・写真左)(写真撮影/片山貴博)

決して即決ではなかった。新卒でスナックを引き継いだ理由

そもそもどうしてスナックを引き継いだのだろう。
「一橋大学を卒業したら、“バリキャリ”になって丸の内あたりで働くイメージでした」という坂根さんがスナックを継いだ経緯は、不思議な縁でもあり、必然でもあった。
大学3年の時、知り会いに連れられて入店した「すなっく・せつこ」(スナック水中の前身)で人生が変わった。そこは70代のママが切り盛りする不思議な空間。昭和歌謡を歌う、見知らぬ人としゃべる、そんな様子を観察しながらお酒を飲む――。
「なんだ、これは。この混沌は!って驚きました。楽しくて自由で、気を遣い過ぎない、カッコつけなくていい、こんな桃源郷が地元にあったんだと感動したんです」

坂根千里さん。東日本大震災後に街の再生や地域のために働く人々に憧れ、大学では都市政策を専攻。海外で旅をして宿主や旅人同士で交流。国立市ではゲストハウスをつくるべく学生団体を立ち上げるなど、もともと街とコミュニティの在り様に興味があった(写真撮影/片山貴博)

坂根千里さん。東日本大震災後に街の再生や地域のために働く人々に憧れ、大学では都市政策を専攻。海外で旅をして宿主や旅人同士で交流。国立市ではゲストハウスをつくるべく学生団体を立ち上げるなど、もともと街とコミュニティの在り様に興味があった(写真撮影/片山貴博)

スナック初体験で、すっかりその楽しさに魅了される坂根さんに、突然ママから「あなた来週から、働いてみない? なんか、楽しそうに飲んでるから」と声をかけられた。それがスタートだ。
それからすっかりスナックの沼に。大学を休学して暮らしたカンボジアでは、屋台を買って即席スナックを始めたこともある。
そしてママから「うちの店を継いでくれない?」という打診を受けた。大学3年生、就職活動を始めだしたころだ。決して即決ではなかった。周囲は絶賛就職活動中。しかし、友人たちが厳しい就職活動のなか疲弊していくのを目の当たりにし、かえって「そんな彼女たちが気持ちを少し打ち明けて、気持ちを軽くできるような、そんな場所をつくりたい」と思うようになったそう。

先代のママ、せつこさんと(写真提供/坂根千里さん)

先代のママ、せつこさんと(写真提供/坂根千里さん)

スナックを縁に、地元知り合いが増え、愛着が増していく

お店の準備資金は、銀行の融資や行政の補助金、さらにはクラウドファンディングで募った。もともと地元でゲストハウスを運営していたこともあり、坂根さんの人となりを知る地域の人々の協力もあった。
「SNSを使ってDMでたくさんお願いしました。スナックでは珍しいでしょう」
さらに、「一橋大学を卒業したばかりの23歳の女の子がスナックを引き継ぐ」――その物語性、話題性からたくさんの取材も受けた。話題になり、遠方から訪れる人も、初めてスナックで遊ぶという人もいた。

都内で働く、埼玉県在住の会社員Tさんは、クラウドファンディングがきっかけに常連さんになった一人。
「メルメガだったかな? 坂根さんの記事を読んで、若い世代が頑張っているのを応援したくなったんです。クラファンきっかけにボトルをキープして、今は月に3、4回来てます。もともと、あまりスナックで飲むタイプではなかったのに(笑)。しかも谷保も、どこ?でした。不思議な縁ですよね」

一方、国立が地元のTさんは、坂根さんがゲストハウスを運営していたころからのお付き合い。料理上手で、ちょっとした惣菜を手土産に店を訪れることもある。「帰っても一人なので、ココで若い子たちとおしゃべりする時間が楽しいんです」

坂根さんはこう話す。
「ほかにも、このあたりに引越してきたけれど、知り合いがまったくいない方が、このスナックでどんどん知り合いができていくのはよく目にします。単身赴任の方は特にそうですね。子どもがいたら子どもを通して地元の知り合いができるんでしょうけど、単身者は帰って寝るだけになりがちじゃないですか。街との接点がない。知り合いが増えればそれだけ街に愛着がわくと思います」

混み始めると席を移動したり、満員時に「あ、もう今日は帰ります」「あ、すみません。ありがとうございます」と、初対面でも少しだけ「近い」コミュニケーションがとれるのもスナックらしさ(写真撮影/片山貴博)

混み始めると席を移動したり、満員時に「あ、もう今日は帰ります」「あ、すみません。ありがとうございます」と、初対面でも少しだけ「近い」コミュニケーションがとれるのもスナックらしさ(写真撮影/片山貴博)

お客さまのカラオケセレクトは昭和歌謡中心(写真撮影/片山貴博)

お客さまのカラオケセレクトは昭和歌謡中心(写真撮影/片山貴博)

力強い味方のスタッフはバックグランドも多様

もちろんすべてがスムーズだったわけではない。新しいお客さんを受け入れていく過程で、先代の常連さんが離れていった例もある。
「社会人経験ゼロのまま、いきなり経営者になったので、本当に手探り状態。今思えば非効率なことばかりしていたような気もします」
ただし、「人にだけは恵まれました。オープン当初から良いスタッフがいっぱい来てくれたんです」と坂根さんは誇らしげだ。
まず21名(店舗14名、バックオフィス専業スタッフ7名)いるスタッフは20代が中心と、ほかのスナックに比べて圧倒的に若い。男女一人ずつのスタッフがカウンターに立つのは、どんなお客さまもウェルカムの証だ。大学生も多いが、さまざまな生業を持つ社会人が副業としてカウンターに立つのも「水中」のユニークさ。いわゆる接客だけでなく、デザイン、SNS運営、PR、財務など、+αの業務も担当してもらうこともある。

例えば取材日にスタッフで入っていたかれんさんは、本業は外資系企業でマーケティングに携わるキャリア女子。「もともと人と話すのが好き。会社の飲み会も好きだったんですけど、スタートアップ企業に転職したら、そういう付き合いがなくなって。スナックで働いてみるのも面白いなぁと思っていたところ、知人の紹介で始めてみました」。以前は埼玉から通っていたが、今は通勤先にも電車1本、スナックにも通いやすい街へと引越したほど。

だいごさんはフリーのデザイナー。名刺やメニューのプロダクトデザインは彼の手によるもの。「在宅で仕事をしているので、基本あまり人と話さない生活。だからココでの時間が気分転換になるんです」

初対面で打ち解けるのが得意なかれんさん(写真左)と、じっくり話を聞くのが得意なだいごさん(写真中央)。スタッフの顔ぶれ、組み合わせで店の雰囲気が変わるのも面白さ(写真撮影/片山貴博)

初対面で打ち解けるのが得意なかれんさん(写真左)と、じっくり話を聞くのが得意なだいごさん(写真中央)。スタッフの顔ぶれ、組み合わせで店の雰囲気が変わるのも面白さ(写真撮影/片山貴博)

メディアやSNSで新規客は増加中。目下の課題は女性客

現在、常連さんは7割、新規のお客様は3割。ほかのスナックと比べると新規客が多い。
撮影時も、「いつもこのあたりをウォーキングするんだけれど、いつも気になってたんだよね。だけどいつも混んでて、今日は入れるかもってのぞいてみました」というスナック好きの新規のお客さんがふらり。

常連さんも増え、ボトルキープの棚がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

常連さんも増え、ボトルキープの棚がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

初対面だから、知らない者同士だから、かえって弱音を吐けたり、話せてしまうこともある。年代も立場も属性も違う、普段は接点のない人だから、ちょっとしたアドバイスが身に染みることもある。スナック初体験の若者にも女性にもそんな価値を体験してもらいたい。そんな坂根さんの挑戦が、少しずつ実を結びつつある。

さらに坂根さんと出会ったことで「自分もスナックを準備中」と、次なる野望を抱いた20代女子も友人を連れて来店。人が人を呼び、常連さんに。インパクトのあるメディア露出に加え、noteやSNSで坂根さんが普段感じていること、スナック水中の様子、目指すものを絶えず情報発信していることで、坂根さん自身とスナック水中のファンをつくっているのも強みだ。

「とはいえ、本当は当初の目的を考えると、現在は2割程度の女性がもっと増えてほしいなぁと思っています。だって男性だけが疲れて、ちょっと飲みたいと思っているわけじゃないはずでしょう。スナック=男性の夜の社交場のイメージを脱して、女性が一人でお店に入ってきたときに、“はっ、場違いだった“って思わせないようにするためにはどうしたらいいかって、ずっと考えています」

「奥の席は、女性優先席。ココは洗いものをしながら、一番マンツーマンで話せるからなんです」(写真撮影/片山貴博)

「奥の席は、女性優先席。ココは洗いものをしながら、一番マンツーマンで話せるからなんです」(写真撮影/片山貴博)

2号店を計画中。後継者不足の店舗を継ぐモデルを広げたい

そして今後はさらに事業を拡大するつもりだ。
2号店として、国立駅近く、22年続くミュージックバー「NO TRUNKS」を、スナック&ミュージックバーとして受け継ぐプロジェクトを進行中。経営権は坂根さんが引き継ぎ、音楽とお酒を媒体にした社交場へリニューアルする予定。

ミュージックバー「NO TRUNKS」オーナーと坂根さん(写真提供/スナック水中)

ミュージックバー「NO TRUNKS」オーナーと坂根さん(写真提供/スナック水中)

「“お店を引き継いでもらいたい”と、オーナーから打診があったのも、“街に欠かせない場所を残し、新たな人の流れを呼び込む”というスナック水中の事例を知ってのことだったので、うれしかったです。私、間違えていなかったんだなって」

 ゆくゆくは全国のスナック・バーを100店舗承継することを目標としている。
「スナックは全国に10万件 あると言われていて、コンビニより断然多い。それくらい、どの場所でも成り立ちうるビジネスモデルではあるんですね。ですが、今はスナックママの担い手が高齢化していて担い手が減少しているのでお店も減っています。私の役割は、スナックママという職業を始めるハードルを下げながら魅力を発信し、素敵な担い手を増やすこと。スナックがこれからも街に残ることです。
街の価値につながるお店が、後継者がいないことで閉店してしまうのってもったいない。このフォーマットなら、街の社交場が残り、自分でお店をやりたい若者も、既存の財産を再利用してビジネスができるはずでしょう。
スナックの条件は、大きすぎず20席ぐらいが理想的。ふらっと入れる路面店がいいですね。高い家賃の一等地で利益を出すために客数を稼ぐよりも、二等地、三等地でいい。お店そのものの価値を上げて、そのお店目当てでやって来る常連さんとゆっくり関わりたい。そんなふうに考えています」

――バリキャリ女子を目指していたけれど、スナックのママになったという坂根さんだが、自分のやりたいことに頑張った結果が、自分自身だけでなく、周囲の人へ良い影響を及ぼし、さらには社会に還元していってほしい。そう願う坂根さんは、もしかしたら、自分自身が憧れていたバリバリ働く女性の姿なのかもしれない。

実は、現在妊娠8カ月(23年10月時点)。夫と協力し合いながら、本当のママ業とスナックのママ業の両立を目指す。「お店に立てない時期はオンラインスナックなんていうのも計画しています」(写真撮影/片山貴博)

実は、現在妊娠8カ月(23年10月時点)。夫と協力し合いながら、本当のママ業とスナックのママ業の両立を目指す。「お店に立てない時期はオンラインスナックなんていうのも計画しています」(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
スナック水中
Instargam

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記事提供元:タビリス