シャーロック・ホームズの事件現場や建築を図解! 長年の謎「西日問題」も解決?! ホームズ研究家・北原尚彦さんに聞いた

SUUMOジャーナル

「名探偵といえば?」と問われたら必ず名前が挙がるのが、アーサー・コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズだろう。その原作に登場する建物や事件の現場は、実際はどんな建築物だったのか? この課題に取り組み、『シャーロック・ホームズの建築』という本にまとめた北原尚彦さんに話を聞いた。

『シャーロック・ホームズの建築』の始まりは、「キャラクター」

まず、この本ができるまでの経緯を聞いた。北原さんの話によると、SNSがきっかけだという。

あるキャラクターを使った本に興味を持った北原さん。その本についてTwitterで取り上げたら、大きな反響があった。それがきっかけで、その本を出版したエクスナレッジの編集者である佐藤美星さんと知り合いになり、佐藤さんから自社の「建築知識」という雑誌で連載をしてほしいと依頼があった。当初は「ミステリー小説の間取り」という依頼だったが、「ホームズに登場する建物だけならできるかも」と返信したら、実現してしまったのだという。

今回のインタビューには、担当編集の佐藤さんにも同席してもらったのだが、「逃してなるものか!」とすぐに企画を上げたのだとか。北原さんにとっては、まさしく逃れられない状態になったわけだ。

北原さんと佐藤さんは、雑誌での連載前から単行本化を想定していた。単行本にまとめたときのラインナップをイメージして、シャーロック・ホームズ・シリーズの中から、作品名に建物の名前がついているものをピックアップしたり、建物の所在エリアが分散するように配慮したりして、あらかじめ取り上げる作品(建物)をすべて決めていたという。

15回の連載を終えて、2つの事例を追加したり、スコットランドヤードの建物を特別事例に加えたりなど、全体を見直した上で、単行本として世に出たのが、『シャーロック・ホームズの建築』だ。

「正典に忠実なシャーロッキアン」と「現実の建物に忠実な建築家」の強力バディ

次に、原作の記述から建物をイメージすることで、どこが難しかったかを聞いた。

北原さんはシャーロック・ホームズの専門家ではあるが、建築物の専門家ではないので、図を描くのは建築家の村山隆司さんに依頼することになった。北原さんは「正典」(コナン・ドイルのホームズシリーズの原作60作のこと。シャーロッキアンと呼ばれるホームズ研究家が使う呼称)に忠実でありたいという信念をもっていたが、村山さんはホームズが活躍した時代の英国の建築様式などから外れないようにという考えをもっていた。

原作の記述内容は解釈の仕方によっては、現実の英国の建築では考えられないという事例が、まれに出てくる。そこで互いに意見を交わすのだが、「正典に忠実派」の北原さんと「現実の建築様式に忠実派」の村山さんでは結論を出すのが難しい場合もあり、佐藤さんがその間を取り持つということもしばしば。とはいえ、意見交換により新たな気づきがあり、そこで出した結論が、ホームズ研究家の中でも「新説」として評価される事例もあったというから、苦労の甲斐はあったのだ。

密室殺人事件「まだらの紐」の間取りはどうなっていた?

具体的な事例として、筆者が聞いてみたい作品があった。筆者はご多分に漏れず、小学生のときに子ども向けのホームズ全集を読んで、ミステリーファンになった一人だ。そのころ、「まだらの紐」という密室殺人の起こった部屋の間取りを見てみたいと思ったものだ。

「まだらの紐」は、依頼人であるヘレンがホームズに相談に来るところから話が始まる。ヘレンはストーク・モーラン屋敷に、姉のジュリア、義理の父親のロイロット博士とともに暮らしていたが、2年前にジュリアは不審な状況で死んでしまう。最近、ヘレンも身に危険を感じるようになったことから、ホームズに相談にきたというわけだ。その事件の起こった建物「ストーク・モーラン屋敷」ついて、詳しく聞いてみた。

この屋敷は、17世紀末に建てられた古い領主館(マナー・ハウス)で、義理の父親、亡くなった姉、妹の寝室が3部屋並んでいる。その部屋の並びや通風孔と呼び鈴の紐(引き綱)が事件のカギになるのだ。

北原さんによると、謎を解くカギになる部屋については、原作に詳しい記述があるので、それほど難しいことではなかったが、屋敷全体に関する記述の解釈が難しくて、そのほうが苦労をしたという(単行本には屋敷全体の俯瞰(ふかん)図なども掲載されている)。ただし、引き綱の長さについては村山さんに何度か描き直してもらったという。長すぎず、短すぎずの頃合いが難しかったようだ。「なるほど、まだらの紐に見えるものがこうして……」、おっと北原さんにネタバレはしないようにと釘を刺されていたのだ。

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「ストーク・モーラン屋敷 事件現場の間取り」(画作成:村山隆司)

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「ストーク・モーラン屋敷 事件現場の間取り」(画作成:村山隆司)

ちなみに、呼び鈴とは、屋敷の部屋ごとにある紐を引くと、使用人のいる部屋でベルが鳴り、どの部屋で呼んでいるのか分かる仕掛けのものだ。この呼び鈴の紐が、その役目を果たしておらず、通風孔にくくりつけられただけだというのが、ホームズの名推理を生むカギにもなる。

宝探しの暗号解読「マスグレイヴ家の儀式書」の屋敷はどうなっていた?

次に聞いてみたい作品が「マスグレイヴ家の儀式書」だ。いわゆる暗号解読もので、儀式書に太陽とか木とか、北へ十歩などの歩数が出てくる。これを解くと宝の在り処が分かるという謎解きだ。方向音痴の筆者は、どういった場所かイメージすることがなかなかできないのだが、原作の「ハールストン屋敷」は、どんな配置がされていたのだろう?

西サセックス地方の古い建物であること、Lの字型であること(長い部分が建て増した部分)、建物の周囲に庭園があることなど、屋敷についてはホームズが語る記述がある。さらに、マスグレイヴ氏が自室からビリヤード室までの経路や儀式書のあった書斎などについて語る記述もある。こうしたものを積み重ねて、配置を想像していくのだが、以前よりシャーロッキアンの間で「西日問題」と言われる課題があった。

玄関は東向きであるらしいのに、そこに「沈みかけた太陽」が照らしていた、つまり西日が差していたという記述があるのだ。これは合理的ではないので、配置を考える上では大問題だ。シャーロッキアンの間では、この問題を解消する説もあったが、村山さんによると建築的に現実的ではないということで検討を重ねた結果、古い棟には中庭があるという設定で問題を解消することにした。この新説が、研究家の仲間内で面白いと評価されたのだ。

では、屋敷の「俯瞰図」を見ていこう。暗号を解くカギになる樫(かし)の木や楡(にれ)の木の切り株が描かれている。建物の「入り口」と書かれたところから中庭につながる通路になる。そして、儀式書の歩数などから割り出したのが、「謎解きの絵」だ。暗号はこの地下室に誘導するのだが、そこには使用人が消えた事件の謎も、隠されているという話になるのだ。

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「ハールストン屋敷の俯瞰図』(上)と「儀式書の謎解き」(下)(画作成:村山隆司)

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「ハールストン屋敷の俯瞰図』(上)と「儀式書の謎解き」(下)(画作成:村山隆司)

北原さんによると、このように原作の記述と矛盾しないように、綿密に解釈していくのが、ホームズ研究の醍醐味なのだという。

ロンドンで最も有名な「ベイカー街221B」が最も難問?

さて、ホームズと相棒のワトスンが住んでいたのが「ベイカー街221B」。冒頭の画像がその建物の外観図となる。では、部屋の間取りはどうなっていたのだろう?

ここには、謎解きの依頼人が訪れたり、ロンドン警視庁の警部が相談に来たり、犯罪者が脅しに来たり、この部屋で事件が解決されたりと、原作に何度も登場する。当然ながら多くの作品に、この部屋に関する記述がある。ならば、間取りを考えるのは簡単かというと、実はそうではなかったのだ。

特に「マザリンの宝石」にだけ、ホームズの寝室に通じる秘密の出入り口があることが記述されている。これが難問の理由になるのだが、北原さんは忠実に解釈を試みた。北原さんと村山さんは、後に隣の部分を買い取って増床したという解釈をして、見事に間取図を描いてみせた。

それが、以下の「ベイカー街221Bの間取図」だ。ランバールームとあるのが、元のホームズの寝室で、ワトスンの寝室は階段を上がった3階にある。秘密のドアの右側が増床部分になる。

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「221Bのリフォーム後の間取り」(画:北原尚彦・村山隆司)

画像:『シャーロック・ホームズの建築』(エクスナレッジ)の「221Bのリフォーム後の間取り」(画作成:村山隆司)

Twitterを見ていたら、この件について、「「こんな方法があったのか!」と解決してくれたのが『シャーロック・ホームズの建築』だ。」というツイートを見つけた。ホームズ好きも納得の解釈だったのだろう。北原さんたちの苦労の賜物だ。

さて、ベイカー街221Bは、もちろん当時では架空の場所なのだが、現在はベイカー街221Bという場所がある。筆者はかつて現地の「シャーロック・ホームズのウォーキングツアー」というものに参加したことがある。そのツアーでは、ベイカー街221Bにも歩いていって、住所のプレートを見ながらガイドがいろいろ説明してくれた。残念ながら英語が得意でない筆者には、説明の内容はあまり理解できなかったのだが、プレートだけは明確に記憶している。

最後に北原さんに、なぜここまでシャーロック・ホームズは人気があるのだろうかと聞いた。

北原さんは、コナン・ドイルの発想が天才的だったととらえている。ドイルは、謎を解くホームズと事件を記録するワトスンという強力な『バディ』を、魅力的なキャラクター設定により作り上げた。ホームズとワトスンの成功が、その後現在に至るまで、多くのバディものを生んだことは、言うまでもない。

そういえば、ディーン・フジオカさんがホームズ役、岩田剛典さんがワトスン役でバディを組む映画『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』が公開されるという。やっぱりホームズの人気は絶大だ。

●関連サイト
エスクナレッジ「シャーロック・ホームズの建築」北原尚彦 文 村山隆司 絵・図

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記事提供元:タビリス