日本の自動車産業の現在地 電気自動車で台頭する米中、生産台数を伸ばすインド...世界でどう存在感を示すか

J-CASTニュース

   2025年8月末から9月初旬にかけ中国で開かれた「上海協力機構(SCO)首脳会議」や「抗日戦争勝利80年記念行事」に出席したロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記、中国の習近平国家主席それぞれの専用車がメディアで注目された。北京の天安門広場で3氏が並ぶ光景は「中露朝三国同盟」を印象づけたが、各国首脳の専用車もそれぞれの国力、とりわけ西側との工業技術力の格差を物語った。

中ロは国産高級車を作れるが、北朝鮮はできない

   ロシアのプーチン大統領が今回の訪中で持ち込んだ専用車は、ロシア国営のNAMI(中央自動車エンジン科学研究所)が開発した高級車「アウルス」だ。独ポルシェ開発の4.4 リッターV型8気筒エンジンを搭載するハイブリッドカーらしい。

   ロシアの自動車産業は、これまでも西側先進国の技術を模倣してきた。アウルスの実力は不明だが、ロシアが西側の先進技術を研究し、専用車を開発しているのは間違いない。

   中国の習近平国家主席が愛用するのは、国有企業の中国第一汽車集団が開発した「紅旗」だ。紅旗は1958年、中国共産党の毛沢東主席が主導する「自力更生路線」に基づき、自国を代表するブランドとして誕生。歴代の中国共産党指導者の専用車として君臨している。

   しかし、歴代の紅旗の詳細は不明だ。古くは米クライスラー、近年は独アウディ、日本の「トヨタクラウン」をベースに開発されたとされる。習氏のパレードなどで映し出される紅旗は、まるで1950年代の中国車を連想させるスタイリングだった。

   北朝鮮の金正恩総書記が専用列車で中国に持ち込んだ専用車は、独メルセデス・ベンツの最高級車「マイバッハ」だった。北朝鮮はミサイルは開発できても、自国で自動車を開発・生産できないということだ。

   ロシアや中国が西側先進国を模しながらも、自国で開発・生産した専用車を持つのに対して、北朝鮮はそれすら困難だという現実を雄弁に物語っている。

生産できても次の課題は世界市場で戦えるか?

   世界各国は大きく分けて、自動車を開発・生産できる先進国と、できない途上国に分けられる。自ら自動車を設計・開発せず、部品を調達して生産するだけなら、南アフリカなどでも可能だ。しかし、自国でエンジン、サスペンション、ボディーを設計・開発し、生産するとなると、ぐっと敷居は高くなる。

   さらに自国で開発・生産したクルマを日米欧など先進国の市場に流通させ、利益を上げるのは至難の業だ。近年はインド、ベトナム、マレーシアなども自動車を開発・生産しているが、自国内の消費がほとんどで、世界市場で評価を受けるまでには至っていない。

   もちろん、現在は複雑なエンジンなど開発しなくとも、電気自動車(EV)で自動車産業が成り立つ時代だ。エンジン車で出遅れた中国が比亜迪(BYD)を始めとする新興メーカーの台頭で、米国を抜き世界1位の自動車生産国となったのも、部品点数が少ないEVだからだろう。

スバルがトヨタに並ぶ優良企業だという理由

   かつて自動車は欧米メーカーが主導権を握り、戦後は日本、続いて韓国メーカーが欧米メーカーを追い上げ、追い越すという構図だった。それが近年は中国やインドが生産台数では日本や欧米と並ぶか凌駕するようになった。欧州ではドイツの一人勝ちで、英国、フランス、イタリアなどの老舗メーカーは地盤沈下が目立つ。英国やスウェーデンの名門メーカーが中国資本の傘下に収まるという現実に私たちも驚かなくなった。

   しかし、それは自動車の生産台数や販売台数で見た各国やメーカーの評価であり、ブランド力や企業収益で見ると、別の評価が成り立つ。

   日本メーカーでみると、SUBARU(スバル)は世界販売台数が年間100万台足らずで、三菱自動車工業と並び、国内最下位グループだ。しかし、経常利益はじめインセンティブ(販売奨励金)の少なさなど様々な経営指標で見ると、スバルはトヨタ自動車と並ぶ優良企業であることがわかる。

   それはスバルが北米で人気があり、収益性の高いクルマが売れているからだ。スバルには日本で「スバリスト」、北米で「Subie(スービー)」と呼ばれる熱狂的なファンがいる。これは少数ながらも他の日本メーカーにはない現象だ。

   しかし、北米依存が高いスバルにはリスクもある。トランプ関税などで北米市場が変調を来せば影響が大きい。「フォレスター」などのSUV人気がいつまでも続くとは限らない。

戦後、航空産業の人材が自動車産業に流れた

   その意味で自動車産業は「水商売」だが、生産台数よりもブランド力のあるメーカーに強みがある。独ポルシェや伊フェラーリは必ずしも経営が安泰とは言えないが、少数生産でもブランド力ゆえに、スポーツカー分野では他を圧倒する存在だ。日本メーカーには真似できない。

   イタリアはともかく、ドイツと日本が自動車に強いのはなぜか。それは第2次世界大戦で敗れたドイツと日本は戦後、航空機産業が衰退した代わりに自動車産業に優秀な人材が流入し、復興を支えたからだ。

   連合国が戦後、ドイツと日本に航空機産業の再開を認めなかったため、戦闘機の機体やエンジンを設計した優秀な技術者が自動車産業に転身し、自動車産業を驚異的なスピードで発展させたのだ。

中島飛行機の人材が自動車産業の発展に尽くした

   日本の場合はこうだ。

   中島飛行機(現スバル)の技術者だった中川良一氏は日産自動車、中村良夫氏はホンダ、百瀬晋六氏はスバルの技術者として活躍し、戦後の自動車産業の発展を築いた。ロケット開発で有名な糸川英夫氏も中島飛行機の技術者だった。

   戦前の中島飛行機は今日の米テスラのような存在だったらしい。スタートアップとして彗星のように現れ、優秀な若い技術者が次々と既成概念を破り、短期間で米英と並ぶ戦闘機を開発・生産した。戦後、新興財閥として解体された中島飛行機は自動車産業への人材供給源となった。

   ドイツでも戦闘機を開発した技術者が戦後、自動車産業に転身し、戦後の復興を支えた。戦前のBMWやメルセデス・ベンツは戦闘機のエンジンを開発していた。結果的に戦後の日本とドイツは航空機産業の技術と経験を生かし、世界の自動車産業をリードした。

   今はどうなのか。米国ではシリコンバレーのIT技術者がテスラやウェイモなどに参入し、EVや自動運転技術の開発に携わっているようだ。とりわけ日本は自動運転の実用化で米中の遅れをとっている。

   戦前の中島飛行機の技術者は欧米で学び、試行錯誤を重ねながら課題を克服したようだ。日本は若い優秀な人材を国内にとどめず、むしろシリコンバレーなど海外で学ばせることで、米中に対抗する新たなビジネスモデルを模索すべきではないか。

(ジャーナリスト 岩城諒)

記事提供元:タビリス