観光を起爆剤に誇れるわが街に 地域の資源を活かすナショナル・トラスト 渡部晶(財務省勤務)
2023/8/1 11:40 ジョルダンニュース編集部
筆者が45年ほど前の中高校生のころから関心を持ち、細々と勉強を続けているものに、「ナショナル・トラスト」がある。イギリス(イングランド)発祥の、「市民が自分たちのお金で身近な自然や歴史的な環境を買い取って守るなどして、次の世代に残す」という運動だ。
環境省作成「ナショナル・トラストの手引き」(注1)には、「イギリスのザ・ナショナル・トラストは、今から百年余り前の1895年に3人の市民によって『国民のために土地を共有する団体』として創設されました。ナショナルは『国の』ではなく『国民の』という意味で、この団体は国民がお金を出して買った土地をトラスト(信託)されているのです。1907年には、『ナショナル・トラスト法』が制定され、トラストが保全する資産を譲渡不能とするという原則がつくられました。ナショナル・トラストに寄贈すればその後、売られることはなく、寄贈者は、土地や屋敷がいつまでも社会の資産として残るという安心感を持つことができるのです。その後さらに法改正によって、トラストへの資産譲渡は非課税とされました」と、簡潔な解説がなされている。
イギリスのナショナル・トラスト(注2)は2022年現在、会員数570万人、所有している資産には、約25万ha(東京都とほぼ同じ面積になる。)の土地や、1,255km以上にわたる海岸線、192の歴史的建造物、47の産業遺産、11の灯台、39のパブ、多数の工場・鉱山の敷地、41の城・教会、56の村落、37の中世時代の納屋がある。これらの資産には、2000万人の有料入場者がある。予算規模は約6億5千万ポンド(1ポンド=180円として、1000億円を超える)程度である。これらの保全を会員からの会費、寄付、入場料収入で賄っている。
筆者は、30年ほど前、新婚旅行の行程の1つに、ナショナル・トラストによって保全されている、イングランドを代表する観光地の湖水地方を選んだ。伴侶も賛成してくれた。ナショナル・トラスト運動に賛同した、「ピーターラビット」の作者のビアトリクス・ポターが、湖水地方の美しい風景を守るために1,700haを超える土地を買い取り、死後、英国ナショナル・トラストに寄付をし、その維持管理をゆだねたことは日本でも比較的よく知られていると思う。グラスミア湖畔の宿を拠点に、親切な女性タクシードライバーの案内で、ポターが希少種の羊を飼って居住していたヒルトップ農場(ニア・ソーリー村)や、ポターの原画を展示しているビアトリクス・ポター・ギャラリー(ホークスヘッド村)を訪ねたことをいまでも鮮明に思い出すことができる。
イギリスの湖水地方や自然海岸の保存を行うネプチューン計画のような大規模な保全例を日本で見出すことは残念ながら難しいが、例えば、長野県南木曽町の妻籠宿は、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されて、日本における街並み保存の先駆としてよく知られる。妻籠宿には伝統的家屋が立ち並び、宿場町を抜けた後は静寂に包まれた街道が馬籠宿まで続くという、欧米人の人気スポットとして名声を確立している。
日本では、環境・景観保全と観光は対立するように受け止められることが多いが、イギリスのナショナル・トラスト運動のすそ野の幅広さや、地域の住民を食べさせるため「保存という観光開発」を行った公益財団法人「妻籠を愛する会」(注3)の活動は、地域にある資源をきちんと活かそうという、今後の日本の観光のあり方にも大きな示唆を与えてくれる。
(本稿は個人的見解である)
渡部晶(わたべ・あきら):1963年福島県平市(現いわき市)生まれ。京都大学法学部卒。1987年(昭和62年)大蔵省入省。福岡市総務企画局長を30代で務めたほか、(株)地域経済活性化支援機構執行役員、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、沖縄振興開発金融公庫副理事長などを経て、現在、財務省財務総合政策研究所長。いわき応援大使。学習院大学法学部政治学科非常勤講師(2023年度前期)。産業栽培メディア「月刊コロンブス」(東方通信社)で書評コラム「読書の時間」を執筆中
(注1)環境省ホームぺージ https://www.env.go.jp/nature/info/guide_n-trust/index.html
(注2)イギリスナショナル・トラスト「annual report 2022」より
イギリスナショナル・トラストホームぺージ https://www.nationaltrust.org.uk/
(注3)https://www.tumagowoaisurukai.jp/、「妻籠を愛する会」は、公益社団法人日本ナショナル・トラスト(http://www.ntrust.or.jp/index.html)の有力会員。
環境省作成「ナショナル・トラストの手引き」(注1)には、「イギリスのザ・ナショナル・トラストは、今から百年余り前の1895年に3人の市民によって『国民のために土地を共有する団体』として創設されました。ナショナルは『国の』ではなく『国民の』という意味で、この団体は国民がお金を出して買った土地をトラスト(信託)されているのです。1907年には、『ナショナル・トラスト法』が制定され、トラストが保全する資産を譲渡不能とするという原則がつくられました。ナショナル・トラストに寄贈すればその後、売られることはなく、寄贈者は、土地や屋敷がいつまでも社会の資産として残るという安心感を持つことができるのです。その後さらに法改正によって、トラストへの資産譲渡は非課税とされました」と、簡潔な解説がなされている。
イギリスでは東京とほぼ同じ面積を所有
イギリスのナショナル・トラスト(注2)は2022年現在、会員数570万人、所有している資産には、約25万ha(東京都とほぼ同じ面積になる。)の土地や、1,255km以上にわたる海岸線、192の歴史的建造物、47の産業遺産、11の灯台、39のパブ、多数の工場・鉱山の敷地、41の城・教会、56の村落、37の中世時代の納屋がある。これらの資産には、2000万人の有料入場者がある。予算規模は約6億5千万ポンド(1ポンド=180円として、1000億円を超える)程度である。これらの保全を会員からの会費、寄付、入場料収入で賄っている。
筆者は、30年ほど前、新婚旅行の行程の1つに、ナショナル・トラストによって保全されている、イングランドを代表する観光地の湖水地方を選んだ。伴侶も賛成してくれた。ナショナル・トラスト運動に賛同した、「ピーターラビット」の作者のビアトリクス・ポターが、湖水地方の美しい風景を守るために1,700haを超える土地を買い取り、死後、英国ナショナル・トラストに寄付をし、その維持管理をゆだねたことは日本でも比較的よく知られていると思う。グラスミア湖畔の宿を拠点に、親切な女性タクシードライバーの案内で、ポターが希少種の羊を飼って居住していたヒルトップ農場(ニア・ソーリー村)や、ポターの原画を展示しているビアトリクス・ポター・ギャラリー(ホークスヘッド村)を訪ねたことをいまでも鮮明に思い出すことができる。
木曽妻籠宿は街並み保存の先駆地区
イギリスの湖水地方や自然海岸の保存を行うネプチューン計画のような大規模な保全例を日本で見出すことは残念ながら難しいが、例えば、長野県南木曽町の妻籠宿は、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されて、日本における街並み保存の先駆としてよく知られる。妻籠宿には伝統的家屋が立ち並び、宿場町を抜けた後は静寂に包まれた街道が馬籠宿まで続くという、欧米人の人気スポットとして名声を確立している。
日本では、環境・景観保全と観光は対立するように受け止められることが多いが、イギリスのナショナル・トラスト運動のすそ野の幅広さや、地域の住民を食べさせるため「保存という観光開発」を行った公益財団法人「妻籠を愛する会」(注3)の活動は、地域にある資源をきちんと活かそうという、今後の日本の観光のあり方にも大きな示唆を与えてくれる。
(本稿は個人的見解である)
渡部晶(わたべ・あきら):1963年福島県平市(現いわき市)生まれ。京都大学法学部卒。1987年(昭和62年)大蔵省入省。福岡市総務企画局長を30代で務めたほか、(株)地域経済活性化支援機構執行役員、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、沖縄振興開発金融公庫副理事長などを経て、現在、財務省財務総合政策研究所長。いわき応援大使。学習院大学法学部政治学科非常勤講師(2023年度前期)。産業栽培メディア「月刊コロンブス」(東方通信社)で書評コラム「読書の時間」を執筆中
(注1)環境省ホームぺージ https://www.env.go.jp/nature/info/guide_n-trust/index.html
(注2)イギリスナショナル・トラスト「annual report 2022」より
イギリスナショナル・トラストホームぺージ https://www.nationaltrust.org.uk/
(注3)https://www.tumagowoaisurukai.jp/、「妻籠を愛する会」は、公益社団法人日本ナショナル・トラスト(http://www.ntrust.or.jp/index.html)の有力会員。
記事提供元:タビリス