【人インタビュー】未病をデータで科学する:名古屋大発ヘルスケアシステムズの代表取締役社長・瀧本陽介 郵送検査で挑む健康の未来

ジョルダンニュース編集部

【上】万博で挑んだ「世に出ていない技術」 未病ケアを変える郵送検査のパイオニア

「病気になる前の状態」を示す未病(みびょう)。この領域の「気づき」を提供し、人々の行動変容を促す独自のヘルスケアサービスを展開しているのが、名古屋大学発スタートアップのヘルスケアシステムズ(名古屋市)だ。創業者で代表取締役社長の瀧本陽介氏は、大学の研究室で生まれた分析技術を産業に応用し、自宅で手軽に受けられる郵送検査サービスとして事業化。日本人の食生活や生活習慣に密着したユニークな検査項目で、一般消費者だけでなく、自治体や企業からも高い支持を得ている。創業から自己資金と黒字経営で着実に成長を続ける同社が、直近で挑んだのが2025年大阪・関西万博だ。万博出展の狙い、主力事業の概要、そして最新の取り組みについて、瀧本社長に聞いた。

開幕前の万博・大阪ヘルスケアパビリオンでのお披露目の場に立つ瀧本氏

Q:会社と事業内容を改めて紹介していただけますか?

A:私たちヘルスケアシステムズは、2009年に設立した名古屋大学発のベンチャー企業です。大学の農学部・食品機能化学研究室の研究成果、具体的には食品成分の機能性の研究と、それが人体に与える影響を尿や唾液などの排泄物から分析する検査技術を基に事業をスタートしました。

当研究室は、食べ物の「おいしさ」や「生産技術」ではなく、「苦いけれども健康に良い」とされるポリフェノールなどの機能性成分に注目していました。私たちは、病気の診断を目的とした「医療」とは異なり、食生活や身近な健康習慣と関わりのある検査マーカーを対象としています。病気の手前、「未病」の状態を知り、健康習慣の改善につなげる「気づき」を提供する検査サービスのパイオニアとして事業を展開しています。

Q:郵送検査という仕組みを導入された背景は何でしょうか?

A:研究者向けの市場は大きくなく、研究用試薬としてBtoBで販売するだけでは事業として難しいと早期に気づきました。一般の方々に「気づき」を提供するサービスとして広げるためには、簡便性が不可欠でした。当時は、富裕層向けのアンチエイジングドックなどはありましたが、一般の方が手軽に検査する仕組みはほとんどありませんでした。

そこで、自宅から誰でも手軽に検体を採取し、ポストに投函するだけで、当社の分析センターで専門の技師が分析する郵送検査という方法にたどり着きました。送られてくる検体は、尿が最も多く、他に唾液、便、さらには皮脂など、通常は「価値がないもの」「邪魔なもの」として捨てられてしまう排泄物や体から出るものに眠る健康価値を掘り起こしています。

Q:具体的な検査の事例について教えてください。

A:例えば、日本人にとって課題である食塩の摂取量です。血圧が高いことなどから減塩が必要な方は少なくありません。日本には高血圧で治療を受けている患者数だと1600万人、血圧が高い人は4300万人はいると言われていますが、アンケートでは「減塩できている」と答える方が多いのに、実際には多くの方が摂りすぎているという大きなギャップがあります。

尿中のナトリウム成分を分析し、尿の濃度を補正する計算式を使うことで、「だいたい一日どれぐらいお塩を食べているか」が手軽に分かります。「あと2グラム減らせばいいのか、半分にすべきなのか」といったことが手軽に分かり、具体的な行動変容を促します。現在、遺伝子検査、生化学分析、抗体検査など、幅広い技術を用いて20種類以上のラインナップを提供しています。

Q:新しい検査項目の開発はどのように進めているのですか?

A:小さなベンチャーですから、全てをゼロから開発できるわけではありません。しかし、大学の研究論文には、学術的価値は高いが、まだ産業に使われずに「眠ってしまっている」新しい検査試薬や分析方法が数多く存在します。これらは、病気の診断薬や研究用試薬としては使われても、私たちのような未病状態を知る検査としては、ほとんど応用されていませんでした。

私たちは、そうした技術や、食品企業、化粧品メーカーが自社の新製品開発のために持つ評価系や分析技術を発掘し、共同開発を提案するオープンイノベーションの形でラインナップを増やしてきました。

一方で、当社の強みは、それらを「一般消費者向けに安定的に提供するためのノウハウ」です。論文的な価値は低いかもしれませんが、検査方法の簡便化、処理能力の向上、そしてコストダウンを実現し、一定の精度を保つための技術を、この17年間で培ってきました。

Q:最も売れ筋の「看板商品」は何でしょうか?

A:当社の看板商品は「エクオール検査」です。これは、大豆イソフラボンという成分が、腸内細菌によって「エクオール」という活性の高い成分に分解されるかどうかを調べる検査です。エクオールは、女性ホルモンに似た作用を持ち、特に更年期症状との関係などで研究が進んでいます。 日本人で体内でエクオールを作れる人は約半分です。この検査で自身の産生能力を知ることで、大豆食品の摂り方を見直したり、産生できない方はサプリメントの摂取や婦人科受診という選択肢を選ぶなど、健康に関する行動変容のきっかけとなります。購入されるのは個人の方が圧倒的に多く、特に40代・50代の女性からの支持が高いです。

エクオール検査をはじめ、品揃えは多い

Q:顧客は個人だけですか?自治体や企業での活用事例も増えていると聞きました。

A:初期は個人の方が中心でしたが、今では自治体や健康経営企業での活用が非常に広がっています。特に、食塩摂取量の検査は、自治体での活用が広いです。

企業や自治体が、福利厚生や健康イベントの一環として、従業員や住民の費用を負担したり補助したりするケースも多いです。雇用主側が検査費用を負担することで、個人だけでは届かない層にまで「気づき」を提供できるようになっています。

Q:御社の検査結果が、人々の「行動変容」につながった具体的なエピソードを教えてください。

A:健康に関心の薄い方が、会社から提供された検査で「お塩の摂りすぎ」が分かったという声は多いです。「まさか目標量より1.5倍も高いとは思わなかった」と、客観的な事実を突きつけられることで、食生活を見直すきっかけになります。

また、ある健康保険組合で、女性従業員約1,000名にエクオール検査を導入した事例では、婦人科検診の受診率向上という大きな成果がありました。エクオール検査を通じて、女性の健康に対する意識を高めてもらった上で、婦人科検診の受診勧奨を行ったところ、前年よりも受診率が120%に向上しました。未病の「気づき」が、「行動のアクセル」となり、最終的に早期発見という健康増進につながることを実証できた、非常に面白い事例でした。

Q:直近でリリースされた新しい製品について教えてください。

A:直近では、花王様とのオープンイノベーションで事業化した「皮脂RNA検査」があります。これは、油取り紙で採取した顔の皮脂に含まれるRNA(リボ核酸)を分析する技術です。DNAが「設計図」だとすれば、RNAは「今日、何のタンパク質を作ろうか」という「発注書」のようなものです。花王様が、皮脂の中のRNAが非常に安定しており、郵送に耐えられることを発見した特許技術を、当社がBtoCサービスのノウハウを提供して事業化しました。

この検査では、赤ちゃんの肌のバリア機能を調べています。肌の状態を定量的に把握することで、アトピーなどにつながる炎症が起きる前に気づき、適切な肌ケアができるようにというコンセプトで提供しています。

Q:2025年大阪・関西万博への参加を決めた狙いと、そこで提供した検査について教えてください。

A:私たちが参加した「大阪ヘルスケアパビリオン」のコンセプトが、私たちが実現したい未来そのものでした。

パビリオン事務局から、「世に出たことのない新しい技術の検査」を郵送検査で提供してほしいという依頼を受けました。そこで、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤純先生と共同開発していた新しい腸内細菌検査技術を万博で実現することにしました。

これは、従来の遺伝子検査ではなく、特定の菌の形に結合する「抗体」を利用して調べる抗体検査です。抗体検査は処理能力が高く、コストも遺伝子検査に比べて安いため、腸内細菌検査の課題であった「コスト」と「時間」を解決できると考えました。

万博では、森永乳業の「ワタシの腸内チェック」とコラボした

Q:万博での成果と、参加したことで得られた効果は何でしょうか?

A:万博までに代表的な5つの腸内細菌の抗体検査技術を実現させ、期間中、分析のキャパシティとして設定した最大40,000人に対し、最終的に約25,000人の方に検査いただくことができました。

金銭的な広告効果はもちろんありますが、それ以上に大きかったのは「信用・信頼」の向上です。国を挙げた大きなイベントに協賛企業として名を連ね、厳しい審査をクリアできたことは、小さな会社にとって非常に大きな信頼の証となります。また、社員のモチベーションにもつながり、「こんな大きなイベントに、自分たちが当事者として参加できる会社になったんだ」という誇りに変わっていきました。

万博では独自イベントも開催した。椅子に座っている中で左端が瀧本社長
記事提供元:タビリス