【人インタビュー】「使い捨て傘をなくす」 社会貢献型ビジネス「アイカサ」の挑戦 Nature Innovation Group代表取締役 丸川照司氏(上)

ジョルダンニュース編集部

「アイカサ」は、使い捨て傘の大量廃棄という社会課題に挑む傘シェアリングサービスだ。運営するNature Innovation Groupの丸川照司代表取締役は、学生時代から社会課題解決への強い意志を抱き、マレーシアでの経験やシェアリングエコノミーの潮流に触発され、2018年に起業。1年目から鉄道会社との連携を実現し、現在は全国約1,800か所にレンタルスポットを展開する。このほど、東京都と歩調を合わせて、日傘の貸し出しも始めた。今後はスポットのさらなる拡大や海外展開も目指す。丸川氏に起業に至った思いや今後の戦略を聞いた。

Nature Innovation Groupの丸川照司代表取締役(丸川氏提供)

(プロフィール)

94年生まれ、台湾日本ハーフ。
大学時代に児童福祉に興味を持ち、NPOフローレンス駒崎代表の著書「社会を変えるを仕事にする」に影響を受け社会課題を事業通じて解決する社会起業を志す。
その後2018年12月に傘のシェアリングサービスアイカサをスタート。
テクノロジーや仕組みでより多くの社会課題を解決していくことを人生のミッションとしている。

社会課題への強い思いが原点 マレーシアでの経験と起業の決意

Q:改めて、「アイカサ」の事業概要と、この事業を始められたきっかけを教えてください。また、若くして起業された背景にはどのような思いがあったのでしょうか?

A: ありがとうございます。当社の事業は、「使い捨て傘をなくす」という明確なミッションを掲げる傘のシェアリングサービスです。利用料金は24時間140円、または月額280円のサブスクリプションプランでご利用いただけます。現在、全国約1,800か所のスポットで展開し、ユーザー数は75万人ほどに達しています。これは、多くの方々に「アイカサ」が認知され、社会に必要とされている証だと感じています。

この事業を始めたきっかけは、私自身の社会課題への強い興味でした。学生時代から、特にグローバルな貧困問題に関心があり、世界が抱える大きな課題に対して何か貢献できないかと考えていました。また、子どもを取り巻く環境問題にも強い興味があり、最初は虐待や家庭環境といった分野から学びを深めていました。

そんな中で、認定NPO法人フローレンスの代表である駒崎弘樹さんが書かれた「社会を変えるを仕事にする」という本に出会いました。この本を読んで、「社会起業家」という存在があることを知り、大きな衝撃を受けました。そこからソーシャルビジネスという概念に深く傾倒し、CAMPFIREや創業者の家入一真さんの活動にも影響を受けました。。彼らが世の中にない新しいサービスを立ち上げ、社会的な問題を解決しようとしている姿は、まさに私が目指したい姿でした。

スタートアップ、つまり「世の中にないサービスを創造する」という行為は、ある意味で「取り残された社会問題」の解決と重なる部分があると感じています。未解決の社会問題に真正面から向き合い、それを解決していくスタートアップという形に大きな魅力を感じました。

具体的な事業として「傘」を選んだのは、私自身が日常の中で感じていた不便さと、その裏にある大きな環境問題に気づいたからです。毎回のように傘を買っては捨て、また買うという行動が繰り返される状況は、ユーザーにとって不便であるだけでなく、大量の使い捨て傘がゴミとなり、環境に大きな負荷を与えています。もし傘のシェアリングサービスがあれば、この不便さを解消し、同時に環境負荷も大幅に減らせるのではないか、そう直感し、「アイカサ」を立ち上げました。

街中にあるアイカサスポット(丸川氏提供)

私の起業は、大学を中退してそのままこの事業を始めるという形になりました。当時31歳の私が、2018年6月に会社を登記し、「Nature Innovation Group」という社名でスタートしました。この社名には、創業当時は学生だったこともあり、「アイカサ」という特定の事業に限定せず、様々な社会課題を解決していくという壮大な思いが込められています。社会貢献への情熱と、スタートアップという形が持つ可能性を信じて、この道に進むことを決意しました。

「欲しい」から生まれたビジネスアイデア ビニール傘使い捨て年間8,000万本の衝撃

Q:数ある社会課題の中から「傘」を選ばれたのはなぜでしょうか?また、マレーシアでの経験が事業に影響を与えましたか?

A: 数ある社会課題の中で「傘」を選んだ理由はいくつかあります。まず第一に、私自身が「こんなサービスがあったら欲しい」と強く思ったからです。突然の雨で傘がなく、コンビニでビニール傘を買ってはまたすぐに失くしてしまう、という経験は多くの人がしているのではないでしょうか。そうした不便さを解消するサービスがあれば、きっと多くの人に喜ばれるだろうと考えました。

次に、当時のシェアリングエコノミーの潮流が非常に魅力的だったことがあります。AirbnbやUberといったサービスが世界中で急成長を遂げているのを目の当たりにし、私もそのコンセプトに強く惹かれました。特にマレーシアに住んでいた時期があり、そこで世界のシェアリングエコノミーの動きをよりダイレクトに感じていました。そうした先進的な概念が、日本の社会課題解決に応用できないか、常に考えていました。

そして最も決定的なきっかけとなったのが、「年間8,000万本ものビニール傘が使い捨てされている」という衝撃的な数字を知ったことです。この数字を聞いた時、これは単なる不便さの問題ではない、と強く感じました。大量生産、大量消費、そして大量廃棄という悪循環が、想像以上に大きな環境負荷を生み出していることを痛感しました。

東京メトロでは全駅で「アイカサ」を提供する(丸川氏提供)

加えて、事業としての実現可能性も感じました。当時はまだ素人考えでしたが、「街中の飲食店や様々な店舗に飛び込み訪問をして、傘を置かせてもらう」という、シンプルに見えるアプローチであれば、もしかしたら自分たちにもできるかもしれない、と少し勘違いした部分も正直ありました。この「もしかしたらできるかも」という直感が、最初の大きな一歩となりました。

マレーシアでの生活は、私の社会課題への意識を大きく育みました。大学に通うためにマレーシアにいましたが、発展途上国であるマレーシアでは、日本にいるだけでは見えにくい多様な「機会」や「現実」を直接見ることができました。例えば、路上で生活するホームレスの方がいる一方で、物売りをしながら非常に活き活きとされている方々もいました。そういった光景を通して、社会には様々な課題が存在する一方で、それを乗り越えようとする人々のたくましさや、新たなビジネスチャンスが潜在していることを肌で感じることができました。このような経験が、私の社会課題解決への情熱と、起業家としての視点を養ってくれたと確信しています。

初期は渋谷からスタート、鉄道との連携で全国展開へ

Q:2018年12月にサービスを開始されたとのことですが、最初の設置場所はどこでしたか?また、その後の事業拡大、特に鉄道会社との連携はどのように始まったのでしょうか?

A: 2018年12月に初めてサービス展開を行いました。最初の設置場所は、渋谷駅を中心に約40~50か所ほどの小売店、スマホ修理店、飲食店などに置かせていただきました。当時はまだ駅への設置は実現していませんでした。駅のような公共交通機関は、人々の移動の起点となる重要な場所であり、そこに設置することは私たちの大きな目標の一つでした。

その後、事業を展開していく中で、駅への設置は「アイカサ」の普及にとって必然であるという認識が強まりました。そこで、私から多種多様な鉄道会社にアプローチを開始しました。粘り強く交渉を続け、その中で最初に駅への設置が実現したのは、意外にも東京ではなく、福岡の西鉄天神駅でした。2019年5月のことです。

そして、そのわずか1ヶ月後の2019年6月には、東京でも待望のJR上野駅への設置が実現しました。これは首都圏初の駅設置となり、大きな節目となりました。JR東日本さんとの連携は、JR東日本スタートアップのプログラムを通じて始まりました。JR東日本スタートアップの阿久津智紀さんの活動を拝見し、一方的にFacebookのDMで連絡したのがきっかけです。阿久津さんは様々なイベントで積極的に活動されており、私としても「ぜひお話したい」という思いがありました。結果的に、JR東日本スタートアップのプログラムで実証実験をさせていただくことができ、それが上野駅設置へと繋がりました。

丸川氏(左)が直接、JR東日本スタートアップの阿久津氏に直接連絡して、上野駅への設置にこぎつけた(丸川氏提供)

現在では、北は札幌市営地下鉄から南は九州の西鉄さんまで、20社以上の鉄道会社と連携させていただいています。正確な数を数えたことはありませんが、多くの鉄道会社にご協力いただき、全国各地の駅に「アイカサ」のスポットを設置できるようになりました。この鉄道会社との連携が、「アイカサ」の利用促進と全国展開に大きく貢献していることは間違いありません。

成長を続ける「アイカサ」 ユーザーに寄り添う料金体系

Q:現在の事業規模について教えてください。傘の保有本数や日常的な利用状況はいかがでしょうか?また、料金体系についても詳しく教えてください。

A: 現在、「アイカサ」は約25,000本の傘を展開しています。日々、どれくらいの傘が使われているかというご質問に対しては、保有している傘の半分以上が常に回転しているような状況です。これは、ユーザーの皆さんに「アイカサ」が日常的に利用されていることの証だと感じています。中には、サブスクリプションプランをご利用のお客様で、自分の傘のように1本を借りっぱなしにされている方もいらっしゃいます。そうした利用状況を見ると、サービスの利便性が受け入れられていることを実感します。サブスクリプションプランは使い放題であり、頻繁に傘を利用する方や、自分の傘を持ちたくない方にとって非常に経済的で便利な選択肢となっています。

(下)に続く

記事提供元:タビリス