【人インタビュー】株式会社ORPHE(オルフェ)菊川裕也氏 【上】「日常を表現にする」——光る靴から始まった、表現者としての挑戦
2026/1/8 0:41 ジョルダンニュース編集部

2026年1月、ラスベガス。世界最大のテクノロジー見本市「CES 2026」の会場は、「生成AIブーム」を踏まえて、テクノロジーが物理世界にいかに溶け込むかという「フィジカルAI」の熱狂に包まれていた。その中心で、日本の一人の起業家が最高賞「ベスト・オブ・イノベーション」を受賞した。株式会社ORPHE(オルフェ)の菊川裕也氏である。かつて、アーティストやダンサーを熱狂させた「光る靴」を生み出した彼が、なぜ今、医療やウェルネスの領域で世界を塗り替えようとしているのか。その波乱万丈の軌跡を、創業からCES受賞までの足取りとともに振り返る。

■「文系からの転身」——電子楽器が扉を開いた表現の地平
――今回のCESでの「ベスト・オブ・イノベーション」受賞、本当におめでとうございます。日本のスタートアップがこの舞台で最高賞を手にするのは極めて稀な快挙です。菊川さんの歩みを振り返ると、その出発点はエンジニアリングではなく、「音楽」と「文系」という意外な場所にありますね。
菊川裕也氏(以下、菊川): ありがとうございます。自分でもまさかここまでの評価をいただけるとは、想像もしていませんでした。おっしゃる通り、私のバックグラウンドは少し特殊です。大学までは文系学部で過ごしていました。ただ、当時から「いつか起業したい」という野心と、一方で軽音楽部でバンド活動に明け暮れる日々がありました。
――「音楽で生きていきたい」という思いがあったのでしょうか?
菊川: それが、少し違うんです。単にプロのバンドマンとして食べていきたいわけではなく、「これまでにない、新しい音楽の形を創りたい」という、どちらかというと発明家的な欲求が強かった。でも、どうすればいいか分からない。そんな時、当時の首都大学東京(現・東京都立大学)で電子楽器の研究をされていた馬場哲晃先生の存在を知ったんです。
――馬場教授の「フレクトリックドラム」ですね。肌に触れるだけで音が出るという。
菊川: そうです。それを見た瞬間、衝撃が走りました。「楽器」という既成概念をテクノロジーが軽々と飛び越えていた。吸い込まれるように先生の研究室に入り、芸術工学の世界へ足を踏み入れました。そこは、3DプリンターやArduino(アルデュイーノ)といった、今でいう「フィジカルコンピューティング」のプロトタイプ環境が完璧に整った、魔法の実験室のような場所でした。
■「日常を楽器にする」というパラダイムシフト
――そこで最初に制作されたのが、動く電子楽器「PocoPoco」だったと。
菊川: はい。精一杯の知恵を絞って作り、特許も取り、学会でも発表しました。でも、突き当たったのは「ビジネス」の壁です。全く新しい、演奏法さえ誰も知らない楽器を提案しても、それがすぐに売れて生活していけるほど市場は甘くなかった。
――その挫折が、ORPHEの原点となる「日常を表現にする」というビジョンに繋がるわけですね。
菊川: 大きな転機は、サントリー社の広告案件でウイスキーグラスを楽器化するプロジェクトに関わったことでした。グラスにセンサーと回路を仕込み、ウイスキーを飲む動作そのものを音のトリガーにする。すると、音楽の知識がない一般の人たちが、ただ酒を酌み交わすだけで美しい合奏を作り出した。その笑顔を見た時、「誰も見たことのない新しい楽器よりも、日常にすでにあるものを新しく楽器にした方が多くの人に演奏してもらえるんだ」と気付かされたんです。
――そこで選ばれたのが「靴」だった。なぜ靴だったのでしょうか。
菊川: 靴は、伝統的に楽器として用いられてきた歴史があります。タップダンスやフラメンコを思い出してください。ステップを踏むという日常動作が、そのままリズムになる。これを電子化すれば、世界中で最も普及している「楽器」が作れるはずだ、と。
■DMM.makeの熱狂と、浅草の靴職人の技
――そして2014年、株式会社ORPHE(当時はno new folk studio)を設立されます。当時はちょうど日本でも「メイカーズムーブメント」が燃え上がっていた時期ですね。
菊川: 本当にラッキーなタイミングでした。DMM.makeの立ち上げに関わっていた小笠原治さんに、僕がスペイン留学中にハッカソンで作った「光る靴」のプロトタイプを見てもらい、出資をいただくことになりました。2014年の11月にDMM.make AKIBAがオープンしたのですが、僕は当初から[1] 入り浸っていましたね。
――あの施設には、秋葉原の電子部品の知恵と、モノづくりの熱量が凝縮されていました。
菊川: 僕らには電子回路の知識はあっても、靴を量産するノウハウなんてゼロでした。でも、秋葉原から少し歩けば浅草がある。そこには伝統的な靴職人さんたちが大勢いるんです。僕はプロトタイプを抱えて、片っ端から浅草の職人さんを訪ね歩きました。「センサーを埋め込める靴を作ってくれませんか?」と。
――職人さんたちの反応は?
菊川: 最初は「何を言ってるんだ、この若造は」という感じでしたが(笑)、通い詰めるうちに面白がってくれる人が現れました。最先端の電子回路と、熟練の職人技。その融合で生まれたのが、初代「ORPHE ONE」でした。ソールに50個のLEDを仕込み、スマホで発光パターンや音を制御できる。これがクラウドファンディングで爆発的な支持を得たんです。

■トップアーティストを魅了した「身体性の拡張」
――「ORPHE ONE」は単なるファッションアイテムを超え、ステージ演出のスタンダードになりました。AKB48や乃木坂46、さらには菅原小春さんのような世界的ダンサーまでもが採用しましたね。
菊川: 当時は「光る靴の会社」として見られることが多かったのですが、僕が本当に提供したかったのは「身体性の拡張」でした。動きに応じて映像がプロジェクションマッピングのように変化したり、ステップに合わせて会場中のライトが連動したり。靴が単なる履物ではなく、身体とデジタル空間をつなぐ「コントローラー」になった瞬間でした。
――その姿は、メディアアーティスト集団に近いものでした。
菊川: 確かに、世代的にもライゾマティクスさんやチームラボさんの背中を追いかけていたようなところはあります。実は初期の売り上げも、靴の販売自体よりテクノロジーを使った演出家としてのプロジェクト受注の方が多かった。トヨタのCMで菅原小春さんが踊るシーンに同行したり、高城剛さんのドローンプロジェクトに関わったり。でも、舞台の上での表現に携わる一方で、心の中には常に「新しい体験をどうやって一般の人の生活にまで広げるか」という問いが残り続けていたんです。
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