ヘルシンキなどフィンランド首都圏、スタートアップ支援に「幸福度」生かす 量子技術や防衛で日本と協業も
2026/5/15 10:33 ジョルダンニュース編集部

フィンランドの首都圏、ヘルシンキとエスポーが、独自の社会基盤や産学官連携を生かしたスタートアップ企業の育成を加速している。東京都内で開かれたイノベーションイベント「SusHi Tech Tokyo 2026」と関連セミナーで、ヘルシンキ市長らは「世界一の幸福度」や社会への「信頼」が起業の源泉になっていると強調した。近年関心が高まる防衛・軍民両用(デュアルユース)技術の民生利用に加え、量子技術や新素材など多様な分野で日本企業との協業も進んでいる。

■「幸福な生活」、ビジネス・スタートアップの基盤に
ヘルシンキには現在、フィンランドのスタートアップ企業の約40%にあたる1500社以上が集積し、うち840社がアーリーステージの企業である。これらは約3億5000万ユーロの研究開発(R&D)投資を生み出している。同市は建設分野を中心としたサーキュラーエコノミー(循環型経済)、クリエイティブ産業、食品分野などを注力分野として掲げるほか、西側諸国で運用される砕氷船の大部分が設計・建造されているという海事産業の強みも持つ。
ヘルシンキ市のダニエル・サザノフ市長は、「幸福な生活の基盤となる要素は、良好なビジネス環境を構築する要素と同じである」と強調した。無償の教育や政治の透明性、充実した福祉サービスが整備された都市にこそ、ワークライフバランスを重視する優秀な人材が集まると指摘する。

現地エコシステムへの接続を支援するヘルシンキパートナーズのハンナ・ランキネン氏らも、同市の強みについて次のように語る。「フィンランドが『世界一幸福な国』である理由は、無償の教育や、起業して失敗しても公的支援で再挑戦できるといった『信頼』と『平等』の社会基盤があるためだ」。こうした分厚いセーフティーネットが、起業家たちの挑戦を後押ししている。

■防衛技術の転用と、産学の厚い支援層
昨今の緊迫する地政学的な状況を受け、同国では防衛やデュアルユース技術への投資が活発になっている。サザノフ市長は、これらの技術について「防衛目的だけでなく民生利用にも関わるものだ」と語る。都市がスタートアップの技術を実証利用することには、「市民へのより良いサービスの創出」「より効率的なサービスの提供」「経済的成長と新たな雇用の創出」という3つの明確なメリットがあると訴えた。さらに、都市の複雑な課題を解決するためには「行政がコントロールを少し手放し、実績の少ないスタートアップを信頼して課題解決に参加させる『勇気』が必要だ」と述べた。
さらに、1640年設立の欧州トップランクの研究機関であるヘルシンキ大学も、科学をビジネスに直結させるため、直近4年間で800のチームを支援し、110社以上の起業と総額2000万ユーロ以上の資金調達を実現している。
ヘルシンキに隣接する第2の都市エスポーも、ディープテックの巨大なハブとして急成長を遂げている。ノキアなどの大企業が本社を構え、フィンランドの上場企業の売上高の約半分が同市に集中している。産学官連携が強みであり、世界トップ3のアクセラレーターを持ち、世界最大級のスタートアップイベント「Slush」の運営学生を輩出するアールト大学がエコシステムの中核を担う。また、フィンランド技術研究センター(VTT)は、鶏を介さない卵白の生成技術を持つ「Onego Bio」など、これまでに60社以上のスタートアップをスピンオフさせた実績を持つ。
■量子技術や新素材、日本企業も進出
エスポー市は量子技術のエコシステムにおいて英ケンブリッジに次ぐ世界第2位と評価されている。量子コンピュータを牽引するIQM社が存在し、半導体・量子技術に関する約5億ドルのプロジェクト「Kvanttinova」も動いている。
日本企業との実務レベルでの協業も動き出している。日本のIHIと同市発の超小型衛星メーカー「ICEYE(アイスアイ)」による地球観測衛星データの連携は、国防にも使われるデュアルユース技術として注目を集める。また、セルロース素材を扱うフィンランドのスタートアップ「NBG(Nordic Bioproducts Group)」には、日本の王子ホールディングスが出資・協業している。その他にも、セガ、日産、デンソー、京セラなどが現地に拠点を構えたり投資を行ったりしている。
■防衛テックの拠点 エスポー市が設立
エスポー市のイノベーションのエコシステムを牽引するエンターエスポーのヤナ・トゥオミCEOは、行政がエコシステムを直接支配するのではなく、「イネーブラー(推進者)」として機能することが重要だと指摘する。単発の実証実験から脱却し、スタートアップが規模を拡大しやすい「構造化されたエコシステム」の構築を進めているという。気候変動対策で企業との連携を深めており、マイクロソフトのデータセンターの排熱を再利用して地域の暖房需要の約40%を賄う先進的なプロジェクトも牽引している。昨今の地政学リスクを背景に設立された「ディフェンステック・ハブ(防衛テック拠点)」もエコシステム構築の一環であり、ニーズを的確にすくい上げることで、立ち上げからわずか1年間で70社以上の企業を誘致・集積させた実績を持つ。

フィンランドでは、投資家の動きも活発で、Leo Capital VCのラジュル・カーン氏は、北欧スタートアップ(量子技術やヘルスケア)向けに1500万ユーロのシードファンドを保有しており、日本にも拠点を設立して初投資を決定した。
ヘルシンキのサザノフ市長は、日本と北欧の社会には「人々や制度に対する『信頼』」という共通の価値観が根付いているとし、さらなる連携を呼びかけた。ヘルシンキパートナーズなどは、日本企業が現地の企業との連携や進出を検討する際、事前の情報提供やエコシステムへの接続などを無料でサポートする体制を整えており、日本企業の誘致をさらに強化していく構えだ。









