双極症の原因脳部位として“視床室傍核”を同定

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― 患者死後脳の単一核RNA解析から―

順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学の西岡将基 准教授、加藤忠史 教授、気分障害分子病態学講座の坂下(窪田)美恵 特任准教授らと、カナダ・マギル大学のトゥレッキ(Turecki)教授らの国際共同研究グループは、双極症(双極性障害)(*1)の病態において、視床上部(*2)の一部である視床室傍核(paraventricular thalamic nucleus; PVT)(*3)の神経細胞が特に強く障害されていることを明らかにしました。本研究では、双極症患者および対照者41名の死後脳視床・大脳皮質試料82検体を用い、単一核RNAシーケンス解析(*4)を実施しました。その結果、大脳皮質と比べて視床、とりわけ視床室傍核神経細胞で細胞数の著明な減少と遺伝子発現変化が見られ、発現が低下している遺伝子には、シナプス(*5)やイオンチャネル(*6)関連遺伝子が多く、CACNA1C(*7)やSHISA9(*8)などの双極症のリスク遺伝子も多く含まれていました。本成果は、視床室傍核が双極症の病態に中心的な役割を果たしていることを強く示唆し、新たな診断・治療の手がかりになるものとして注目されます。本研究成果は、Nature Communications誌のオンライン版に2026年1月7日付で公開されました。
本研究成果のポイント
- 大脳皮質・視床を含む死後脳82検体を用いた大規模単一核RNA解析を実施
- 双極症では視床、とくに視床室傍核神経細胞で細胞数減少と遺伝子発現変化が顕著
- 視床室傍核神経細胞が双極症の新たな診断・治療標的となる可能性を提示

背景
双極症(双極性障害、躁うつ病)は、躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患で、世界人口の約1%が罹患するとされています。自殺リスクが高く、社会的負担の大きい疾患ですが、その脳内病態は十分に解明されていません。これまでの研究は主に大脳皮質に焦点が当てられてきましたが、MRI研究では視床体積の減少も報告されていました。発表者らは、動物モデルの研究から、視床室傍核に着目しました。視床室傍核は、マウスなどの研究から、情動制御や報酬、ストレス応答に関与することが明らかになりつつありますが、ヒトにおける基本的な細胞構造はほとんど分かっておらず、双極症との関連も不明でした。本研究は、双極症の病態における視床室傍核の役割を明らかにすることを目的として実施しました。
内容
本研究では、双極症患者21名と対照者20名の死後脳、視床および大脳皮質(前頭前野)、合計82試料を用いて、単一核RNAシーケンス解析を行いました。単一核RNAシーケンス解析により、視床室傍核と思われる細胞群を同定し、マウスの視床室傍核の単一細胞RNA解析の結果と比較して、視床室傍核神経細胞であることを確認しました。さらに、空間トランスクリプトーム解析(*9)により、同定した細胞群が視床室傍部に存在することを確認しました(図1)。約38万個の細胞核を解析した結果、双極症では視床興奮性神経細胞、とくに視床室傍核神経細胞が約半数に減少していることが明らかになりました(図2a)。この細胞数の減少は、視床室傍核神経細胞のマーカーであるVGLUT2(小胞グルタミン酸トランスポーター2)に対する抗体を用いた染色により、確認できました(図2b)。視床・大脳皮質を通して、最も遺伝子発現変動が大きかったのは、視床室傍核でした(図3a)。視床室傍核神経細胞ではシナプス伝達やイオンチャネル機能に関わる遺伝子群が顕著に低下しており、CACNA1C、KCNQ3、SHISA9など、双極症の遺伝学的リスクと関連する遺伝子が中核をなしていました(図3b)。また、視床室傍核神経細胞とミクログリア(*10)との相互作用を示唆する遺伝子ネットワークも障害されており、神経―ミクログリア連関の破綻が病態に関与する可能性も示されました。この変化も、大脳皮質よりも視床で顕著でした。これらの知見から、視床室傍核が双極症の中核病変部位であることが強く示唆されました。
[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/831/21495-831-fa3a3eb215edd26dcfb174752fb41d67-1610x511.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図1 ヒト視床室傍核の同定
a) 試料はケベックブレインバンクの双極症患者21名、対照者20名の凍結死後脳(視床、大脳皮質)
b) 単一核RNA解析で視床室傍核と思われる細胞群を同定
c) マウスの視床室傍核の単一細胞RNA解析の結果と比較して視床室傍核神経細胞であることを確認
d) 空間トランスクリプトーム解析により同定した細胞群が視床室傍部に存在することを確認
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/831/21495-831-74ed59f003d53d82f6da6a54b951e8ff-887x793.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ][画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/831/21495-831-7610c8f1b27707cebbf28b96c495c0aa-1013x867.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2 双極症における視床室傍核の細胞数減少

a) 単一核RNA解析による、各細胞種数の変化
b) 免疫組織化学解析による、視床室傍核神経細胞数の減少
VGLUT2: 小胞グルタミン酸トランスポーター2。視床興奮性神経細胞のマーカー
SOX10: Sry-related HMG-BOX gene 10。オリゴデンドロサイト系譜細胞のマーカー
[画像4: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/831/21495-831-2cb386400eb42464d718d465c714ea6f-1462x633.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図3 双極症における遺伝子発現変化は、視床・大脳皮質に認められた全細胞群の中で、視床室傍核神経細胞群で特に顕著であった
a) 各細胞種における有意な発現変動を示した遺伝子の数
b) 視床室傍核で発現変動を示した遺伝子の蛋白-蛋白-相互作用。視床室傍核で発現が低下した遺伝子には、□で示した双極症のリスク遺伝子が有意に多く含まれていた。
[画像5: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/21495/831/21495-831-2e423a0861c52a3b872ce68364322c15-1524x816.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図4 視床室傍核の神経連絡の模式図。視床室傍核にはセロトニン神経からの強い投射があり、扁桃体、側坐核などに強い投射を送っている。
今後の展開
本研究により、これまで漠然と大脳皮質を中心とする病態が想定されてきた双極症において、その病態に視床室傍核が大きな役割を果たすことが示されました。視床室傍核は、セロトニン神経からの強い投射を受ける一方で、その軸索は枝分かれして、恐怖に関与する扁桃体および報酬に関与する側坐核へ投射する部位です(図4)。視床室傍核は、強い生物学的意味(セイリアンス)を持つ外界の事象に対して反応することが知られていることから、感情の強さを制御していると考えられています。マウスで視床室傍核を操作すると、抑制した場合でも、刺激した場合でも、反復性のうつ様行動を示すことから、今回見出された視床室傍核の変化は、双極症の結果ではなく、原因であると考えられます。
今後は、視床室傍核を標的とした脳画像診断法の開発が期待されます。また、動物モデルやiPS細胞を用いた機能解析を通じて、視床室傍核神経細胞障害がどのように情動変調を引き起こすのかを解明することで、病態修飾的治療法の確立につながることが期待されます。
用語解説
*1 双極症(双極性障害):躁状態(または軽躁状態)とうつ状態を繰り返す精神疾患。
*2 視床上部:視床、視床下部と共に、間脳の一部を構成している脳領域。他に松果体、手綱核が含まれ、生体リズム、ストレス反応、感情の制御などに関わると考えられている。
*3 視床室傍核(PVT):視床正中部に位置し、情動・報酬・ストレス制御に関与する神経核。
*4 単一核RNAシーケンス:個々の細胞核レベルで遺伝子発現を解析する手法。細胞全体を用いる場合はシングルセルRNAシーケンスと呼ばれるが、凍結死後脳では細胞が壊れているため、細胞核を用いて解析を行う。
*5 シナプス:神経細胞どうしが情報をやり取りするための連結点であり、電気信号や化学物質(神経伝達物質)を介して情報が伝えられ、感情、思考、記憶、行動など脳のあらゆる機能の基盤となる。
*6 イオンチャネル:神経細胞の膜に存在し、ナトリウムやカルシウムなどのイオンを選択的に通す分子の通路。イオンチャネルの働きによって神経細胞は電気的に興奮する。
*7 CACNA1C:電位依存性カルシウムチャネルの主要な構成要素をコードする遺伝子のひとつ。
*8 SHISA9:AMPA型グルタミン酸受容体(興奮性シナプスの主要受容体)の働きを調節するタンパク質をコードする遺伝子のひとつ。
*9 空間トラスクリプトーム解析:多数の遺伝子の発現を、組織内の空間的位置情報と対応付けて同時に解析できる技術。
*10 ミクログリア:脳に存在する免疫細胞で、不要になったシナプスの除去や炎症反応の制御を通じて、神経回路の維持と成熟に関与する。
研究者のコメント
双極症の研究は長年、大脳皮質に注目して進められてきましたが、今回、PVTという見過ごされがちだった中枢により顕著な病態が存在することを示すことができました。ヒト脳に対するシングルセル解析だからこそ見えてきた結果だと考えています。本成果が、診断や治療の新たな突破口につながることを期待しています。(西岡将基)

私はこれまで36年間にわたり双極症の原因解明を目指してきましたが、今回の結果により、ついに双極症の病態の中心を解明することができたと考えています。原因部位の解明は、診断法や治療法開発の出発点であり、今回の発見が海外でも再現され、世界的に認められれば、双極症研究が飛躍的に進歩することが期待出来ます。(加藤忠史)

原著論文 
本研究はNature Communications誌に2026年1月7日付で公開されました。
タイトル: Disturbances of paraventricular thalamic nucleus neurons in bipolar disorder revealed by single-nucleus analysis
タイトル(日本語訳): 単一核解析により明らかになった双極症における視床傍室核神経細胞の障害
著者:Masaki Nishioka, Mie Sakashita-Kubota, Kouichirou Iijima, Yukako Hasegawa, Mizuho Ishiwata, Kaito Takase, Ryuya Ichikawa, Naguib Mechawar, Gustavo Turecki, Tadafumi Kato
著者(日本語表記): 西岡将基1)2)、坂下(窪田)美恵2)、飯島光一朗1)、長谷川由果子1)、石渡みずほ1)、高瀬開斗1)、市川龍哉1)、Naguib Mechawar3), Gustavo Turecki3), 加藤忠史1)2)
著者所属: 1)順天堂大学精神医学講座、2)順天堂大学気分障害分子病態学講座、3)マギル大学ダグラス研究所
DOI: 10.1038/s41467-025-68094-5     

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム(双極症における視床室傍核の分子細胞病態の解明)・精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト(視床室傍核を起点とした精神疾患の病態解明)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JSPS科研費JP22H00468、JP25H01047、JP23K07021、JP21K07528)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR231W)、日本私立学校振興・共済事業団 私立大学等経常費補助金、ならびに武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。本研究で使用した死後脳試料は、カナダのDouglas Brain Bank(RRID: SCR_025991)より提供されました。同バンクは、Brain Canadaおよびケベック州保健研究基金(Fonds de recherche du Quebec-Sante:FRQS)の支援を受けて運営されています。

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記事提供元:タビリス